長野県の最南部、南信州には「長野県の伝統野菜」として3種類のナスが知られています。阿南町の「鈴ヶ沢なす」、天龍村の「ていざなす」、喬木村の「志げ子なす」です。このうち、阿南町「鈴ヶ沢なす」の栽培現場を訪ねました。
鈴ヶ沢で伝統野菜栽培に取り組む玉川翔さん(右)と綾香さん夫妻
ネットで検索すると、同町と隣接する天竜村、売木村の商工会広域連携地域情報サイト「sai南信州ねっと」の紹介ページにあたりました。
問い合わせ先の「南信州おひとよし倶楽部」(阿南町役場和合出張所内)に聞いてみると、鈴ヶ沢なすの栽培者は実質ひとり。同俱楽部の代表を務めている玉川翔さんだそう。紹介してもらい、連絡を取ると、訪問を快諾してくださいました。
近年はナビゲーションアプリでなじみのない土地でも訪問は自在。そんな意識でいたところ、落ち合う場所に指定されたのは隣の売木村の温泉宿。「(栽培地は)携帯の電波が届きづらい場所で、ナビ頼みでは心もとない」とのこと。恐縮しつつ、ご厚意に甘えることにしました。
遅い梅雨入りとなった2024年6月末。高速道を降りて指定の温泉宿へ。途中は、ほとんどはセンターラインがある道路でした。道路事情の悪さについてなら「隣接都県に比べられるところはない」と胸を張って言える長野県民としては「なかなか快適ではないか」と思わせるものがありました。
予定よりだいぶ早く集合場所へ。玉川さんに悪いな、と思いつつ、携帯の電波強度がたびたびゼロを示す状況に不安を覚え、連絡を入れました。玉川さんも戸惑いつつも快く迎えに来てくれました。
にぎやかなペイントが入った軽トラ。昨年まで神奈川県の農業大学校に通っていた綾香さんが、在学時に関わった農業体験イベントで子どもたちと作り上げた作品。後ろは鈴ヶ沢南蛮を育てている畑
子ども?の手形が入った派手なペイントを施した軽トラックで、玉川さんはさっそうと現れました。後をついて畑へ。途中からは車1台がやっと通れる山道です。ほどなく玉川さんが借りている畑へ。伝統野菜の名についている阿南町和合の「鈴ヶ沢」です。
雨の中、玉川さんは今春、入籍したばかりの妻の綾香さんと鈴ヶ沢なすの定植作業をしているところでした。
サルなどの侵入を防ぐために電柵で囲った畑で定植作業をする玉川夫妻。左の赤いネットを掛けているのは鈴ヶ沢うりの畝(うね)
作業する翔さん
綾香さん。4月から売木村の地域おこし協力隊員も務めている
鈴ヶ沢なすの苗。玉川さんが自宅前のハウスで種から育てた
千葉市出身の玉川さんがこの地に移り住んだのは10年ほど前。山暮らしにあこがれ、生涯暮らしたいと思える場所探しを兼ね、農業体験で全国各地を巡った末のことだったそうです。
たまたま和合地区で農業体験を受け入れている農家があり、鈴ヶ沢なすをはじめとした伝統野菜にもそこで出合いました。大きければ長さ30cm、太さ15cmにもなる巨大なナスのおいしさも印象に。
5年ほど前から自身でも栽培を手掛け、今では種から育てた苗を地元の希望者に分けることも。事務局で紹介された「栽培者は実質ひとり」の意味がわかりました。
現在は隣の売木村の農業法人に勤め、稲作やトウモロコシなどを栽培する傍ら、休日や出勤前など暇を見つけて鈴ヶ沢に借りた農地に通い、ナスをはじめとした同地の3種の伝統野菜——鈴ヶ沢なすのほか、鈴ヶ沢うり(キュウリ)、鈴ヶ沢南蛮(トウガラシ)——を手掛けています。
結婚を機に住まいは売木村に移し、目下、法人での仕事に追われ、「楽しみで作っている」という伝統野菜の栽培に十分な時間が割けないのが悩みと言います。
よき伴侶を得た玉川さんのいっそうの活躍を期待しましょう。
長さ30cm、太さ15cmにもなる巨大な鈴ヶ沢なす(玉川さん提供)
鈴ヶ沢なすは焼くとおいしい
鈴ヶ沢なすに続き長野県の伝統野菜に指定された鈴ヶ沢うり(上)と鈴ヶ沢南蛮(いずれも玉川さん提供)
夫妻が丹精込めて育てた鈴ヶ沢なすは季節限定で、地元の「食事処ありがとう」で「鈴ヶ沢なす定食」(8月下旬から9月下旬を目安に提供)としていただくことができるほか、長野市の「カレーショップ山小屋」では、カレーのトッピングの一つとして、鈴ヶ沢なすのフライを選ぶことができます(9月の約1カ月間を目安に)。同店では隣の天龍村の伝統野菜「ていざなす」のフライも同様に提供しています。
いずれも1カ月ほどの限られた期間のメニューです。運よく巡り合えたら、ぜひ!