はじめまして。
須坂市で夫とともに農業を始めて6年。
ごく普通の農家暮らしをしておりますが、縁あってこの場で書かせていただくことになりました。
さて、初回ですので、私が農業をはじめたきっかけについて書きたいと思うのですが、実は「きっかけ」と呼べるものはいくつもあり、そのひとつひとつがほんの些細な出来事だったり、出会いだったり、または植物への憧れでもあり、環境保全への興味でもあり......。すべてはこの場で収まりそうにないので、中でも心に残るいきさつをお話しすることにします。
10年ほど前、私と夫は栃木県宇都宮市で互いに仕事をし、便利な街で気ままな生活を送っていました。
しかし、特に何の不満もなかった暮らしへの見方が、ある頃から少しずつ変わって行きました。決められた日に仕事をして決められた日に休日をとる。どこかへ遊びに行って、帰って、また仕事が始まる。
『仕事』『家』『休日』という点が、どうにもバラバラで繋がっていない。
そのことに何かしら満たされないものを感じるようになりました。
そんな時、ある田舎町に目が向きました。
宇都宮市から車で約30分。陶芸の町として知られる土地です。顔見知りの作家が在住していることもあり、夫とちょくちょく訪れるようになりました。
その道すがらや町中で目にした風景は珍しいものではありませんが『何かが』ものすごく違って見えました。
例えば、ある時、頭上で聞き慣れない音がして見上げると、ほんの2メートル上をカラスが羽ばたいて行った後でした。不思議な音は「ファサァッ、ファサァッ」という羽音でした。カラスなんてどこでも見られるし、近くにいれば羽音だって聞こえることもあるでしょう。
ですが、鳥の体温までもが感じられそうな音と周囲の静けさとに驚いた出来事でした。
ある時は、町からの帰り道。車からはきれいな満月が見えました。真っ黒な闇にぽっかりと浮かぶ月。木々のシルエットがひときわ深く黒く。湿度を持った土は月光で輝くように見えました。
些細な風景でも、田舎町は「絵になる」。単純にそう感じました。
そして「それらは自分の生まれ育った町にも当たり前にあった風景ではないか」と気づいた時「今の私はとてももったいない暮らし方をしているのではないだろうか?」と思いました。
間もなく私たちはこの町に住まいを移し、一年半の暮らしを楽しみました。
ここで出会った人々の『仕事』『家』『休日』が緩やかに繋がる暮らしぶりにも触れ、五感を揺すぶるこの時期の体験が、現在の場所で農業をはじめる決意のベースになっています。
「地に足のついた暮らしがしたい」「地域に根ざした生き方をしたい」。そのために農業というものを選んだ、と言っても私の場合は間違いではありません。これまで書いたことは、きっかけでもあり、農業を続ける理由でもあるのです。
かと言って、単なるスタイルだけで終わらせるのも好みではないので(笑)はじめたからには、人々の暮らしのため、住む町のためになるような農業を。願わくは、いつか誰かの五感を揺すぶるような仕事を営むことが出来ますように。
信州の山々を見渡すこの土地で、今、そんな風に思っています。
今後も、農家という「植物に身近な者」からの視点で色々とお伝えできたらいいと考えております。
つたない文章ではありますが、須坂の4つの季節を巡る農事録、これからどうぞよろしくおつきあいください。