連載※長野県安曇野市三郷(みさと)地区で、農家家業をついでリンゴを作りはじめて8年目となる岩垂和明さん(42歳)が、幾多の押し寄せる誘惑や困難を乗り越えて時として風雲急を告げる月々の農事を綴ります。
まずはじめに、
この度、東北地方太平洋沖地震
および長野県北部地震により
被災されたみなさまに
心よりお見舞い申し上げますとともに、
犠牲となられたみなさま、
ご遺族のみなさまに
謹んでお悔やみを申しあげます。
そして、今もなお
原子力発電所をはじめ
被災地にて復旧活動に
従事されているみなさまに、
敬意と感謝を申し上げるとともに
作業の安全をお祈り申しあげます。
みなさまに、
一刻も早く、
元のフツーの、
平穏な日々が
もどりますように・・・
今年植えたりんごの苗たち
長野県でも北部で
大きな地震がありましたが、
幸運なことに、ここ安曇野に
震災の影響はまったくありません。
3月11日、
そのときオレは、
親父と一緒に
りんごの木のせん定をしていました。
三脚に上りながらのりんごの木のせん定。
この日は風が強く、
急な突風に気をつけながらの作業。
そして、持っていた携帯ラジオからは、
いつもの金曜日の
レギュラープログラムが流れていました。
その瞬間、
もしかすると
少し揺れたのかもしれません。
しかし、強風にまぎれて
その揺れはわかりませんでした。
そのことを知ったのはラジオからです。
「今、(東京が)揺れています」
というラジオパーソナリティーの声。
そのまま緊急放送に変わって、
震源が東北だと知り・・・。
仕事を終えて家に帰り、
テレビをつけたときに見た衝撃の映像は、
おそらく一生忘れることはないでしょう。
地震と津波による未曾有の大被害。
そして今も続く
原子力発電所の被災による放射能汚染・・・
復興までいったいどのくらいかかるのか?
先の見えない不安。
あの日以来考えております。
「今、自分は何をすべきだろうか?」
ん〜〜〜、、、
( ̄へ ̄|||)
でも、オレにできることは、結局、
「ただ、今自分のできるコト(仕事)をやるのみ」
大した答えじゃなくてすみません。
しかし、先を憂いてばかりでは何もはじまりませんから。
被災していないオレたちが、自分のやるべきことをいつも以上にがんばる。そしてそのことで被災地を、日本の第一次産業を、そして日本の未来を支えていかねばならぬと思うのです。
このりんごが生るようになるのは、早くても来年の秋。
一人前に稼げるようになるためには、数年の月日がかかることでしょう。
そのころまでに、被災地には復興していてほしいな・・・
3月も後半になり、ここ安曇野でも暖かい日が多くなってきました。
震災から1週間ほどたったある日のこと。
その日はとてもおだやかで、畑にはオレひとりしかいなくて、
日本の中で大震災があったなんて考えられないくらい平和で静かな一日で、
だから、、、
早いもので、
桜の便りもちらほらと聞かれるようになりました。
早く春が来てほしいと思う反面、
いつもに比べて極端に早すぎる春は、
百姓にとって
あまりうれしいものではありません。
それでも、
みなさまのところに、
特に被災されたみなさまのところには、
早く暖かい春が
訪れることを祈りつつ、
今回の農事録と
させていただきます。
バックナンバー
● オレさまの安曇野 風雲 農事録 #25 - #1
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