「じょうばんぎゅうぼう?」「ブブーッ」「うーん、なんだろう? これ、食べ物ですかぁ?」
そうです、食べ物です。「常盤」は「ときわ」と読みます。北信濃に江戸時代からある村の名前です。「牛蒡」は「牛」とは関係ありません。「牛蒡」と書いて「ごぼう」と読みます。だから正解は「ときわごぼう」で、「現在は飯山市の一部になっている常盤という土地で作られてきたゴボウ」のことなのです。
それは信州の伝統野菜のひとつ
時は流れ環境が変化しても、その土地の気候風土に適応して今日まで栽培され続け、地域の食文化とともに育まれてきた様々な野菜が長野県にも(そして日本列島の各地にも)数多くあります。しかしそれらの中には、ごく限られた一部の地域でしか生産されていないために、生産量や販売量も、また知名度も低く、そこに後継者不足の問題も加わって、結果的に近い将来消滅してしまうおそれがある野菜もあります。そうした風土に根を生やした野菜の未来を守るべく、長野県では、長い間その土地独特のものとして栽培されてきた野菜を「信州の伝統野菜」として、その種の継承と地域の振興を図ることを目的に、より多くの人に伝える取り組みをおこなっています。今回ご紹介する「常盤牛蒡(ときわごぼう)」も、信州の伝統野菜に数えられるひとつです。
県北部、北信濃の飯山市常盤小沼(おぬま)。この辺りは、文部省唱歌「おぼろ月夜」のモチーフとなったとされる場所で、ゆったりと流れる千曲川のほとりに位置し、春ともなると一面の菜の花畑となり、目の覚めるような鮮やかな光景になります。常盤牛蒡は、この千曲川の流れのすぐかたわらの河川敷で作られていました。
京料理には欠かせません
「昔、この千曲川の河川敷は見渡す限りのゴボウ畑だった」JA北信州みゆき牛蒡部会部会長の田中勇司さんはぽつりと昔を振り返ります。田中さんは、この河川敷にある2反部の畑で、年間1万本ほどのゴボウを出荷しています。
ゴボウの名前にもなっている地名の「常盤」。なかでも特に、村だったころには「小沼平(おぬまだいら)」と呼ばれた現在の小沼という地区が、この「常盤牛蒡」作りの盛んな場所です。しかしこの土地でもゴボウを作る人が年々減少していて、今では小沼地区の160の村落のうち、ゴボウを栽培している農家はおよそ50件になりました。当然ながら生産量も減少していて、出荷先については上越地方へ少しと、残りはほとんどが地元消費という状況だとか。しかしざっと百年ほど前の大正時代、信濃と越後をつなぐ飯山鉄道が開通してからは、ここの最寄駅から貨車一両に牛蒡が積まれ、加賀や京都や大阪へつぎつぎと運ばれていって京料理には欠かせないものになりました。その頃が常盤牛蒡の全盛期です。
「うんまいごんぼ」「いいごんぼ」
地元の人は、今もゴボウのことを京言葉で「ごんぼ」と愛おしそうに呼びます。小沼地区には「おぬまのごんぼは、いいごんぼ、ひと口食べて、『へ』ぷっぷぅ」という言い伝えも残されています。田中さんも言いました。「ここのごんぼは、うんまいぞ」と。
千曲川の河川敷は、過去に度々の洪水にさらされましたが、かえってそのことで他に類をみないほどの肥沃な堆積土壌が形成され、そのおかげで味の良い牛蒡ができるようになったのです。また「アクが少ないことも特徴」(田中さん)でした。
ここのゴボウは、すらっと細長い一般的に見かける滝野川系とされる品種ですが、江戸時代中期に江戸滝野川村(現在の東京都北区滝野川)の「赤茎牛蒡」の種が役人の手により導入されて以来、その後に品種改良がおこなわれた結果、現在の常盤牛蒡として栽培がはじまったとされます。直径が太い(太さが8センチ近くある)ものから細いものまで、また長さも比較的長い(長さは1メートル近くある)ものから短いものまで様々です。
機械化と輸入ゴボウと連作障害
ゴボウ作りで大変なことはなんですかと尋ねると「地中に深く伸びるゴボウは、引き抜く本数が多くなるにつれて体に負担がかかりこたえる」と田中さん言いました。そして「それでも今はある程度まで機械で、ゴボウが植えられている付近の土を一気に深く掘っておいてから、ゴボウを引き抜くので、作業がとても楽になった」と続けて、深く掘られた溝に足を落としながら、あっという間に1メートル以上も長さのあるゴボウを次々土から引き出していきます。
「しかし機械がない頃は"ほそ"と呼ばれるシャベルのようなもので、ごんぼの植わっている周りをひと挿し・またひと挿しと、土を掘り進めていって、一本一本引き抜いていったもんだ」と当時の大変な様子を語ってくれました。
しかしこの「機械で土を深く耕せるようになった」ということは、とりもなおさず「他の地域でも栽培が容易になった」ということで、世の中が便利になり機械化が進んだことによって、常盤牛蒡の需要は減少していったのです。同時にまた、値段の安い中国産のゴボウが輸入されるようになったことも常盤牛蒡に大きな影響を与える原因のひとつになりました。
さらに加えて「連作障害」の問題があります。土から芽を出す作物にはとかくこの問題が多いのですが、ゴボウもしかりで、以前ゴボウを栽培されていた人の中にも連作障害の影響で、栽培品目をアスパラに変更した人も多いということです。今ゴボウを生産されている田中さんも、今度は種(「ごんぼったね」と呼ばれる)をまく場所をかえて栽培する予定でいるそうです。今は、この常盤牛蒡を再び復活させようと、県の関係者とも検討をおこなっている最中だと、田中さんはうれしそうに言います。
ゴボウをたくさん食べましょう
ゴボウは、乾燥を防ぐために、土の中に入れておくか、また涼しい場所であれば袋の中に入れておくなどして乾燥を防げば、冬を越して春先まで美味しく食べることができます。田中さんのお勧めの食べ方としては、「肉類と一緒に調理するのが美味しい」ということです。また「最近の健康志向も手伝って、整腸作用抜群のごんぼは再び脚光を浴びているが、もっともっと大勢の人に食べて欲しい食材」と田中さん。
ちなみに今年の常盤牛蒡の出来は、洪水など災害の被害が無かったため、収穫量は多く、9月から始まった収穫は10月いっぱいまで行われます。そしてゴボウが終わると、隣で栽培されている「長いも」へと品目を代えて収穫が行われるのです。
いいやまでおいしいゴボウを
地元消費が主である常盤牛蒡は、近くにある道の駅「花の駅・千曲川」の農産物直売所や、またはAコープみゆき店などでお買い求めいただけます。北信州「いいやま」にいらっしゃる機会があるときには、お立ち寄りのほどを。
アクセス情報:
道の駅「花の駅・千曲川」
〒389−2414
飯山市大字常盤7425
電話:0269−62−1887
道の駅「花の駅・千曲川」ウェブサイト
長野県Aコープみゆき店
〒389−2414
飯山市大字常盤字久保通り7419
電話:0269−81−2222
長野県Aコープみゆき店アクセス情報サイト