野菜

われわれは信州人蔘の癒す力を信じています

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およそ160年前もの昔より信州の大地で育てられ、多くの人々に大切にされてきた「信州人蔘(しんしゅうにんじん)」を、ご存知ですか? 写真を見てピンときた方もおられるでしょう。

信州人蔘とは、英語圏では「ジンセン(ginseng)」と呼ばれ、いわゆる「コウライニンジン(高麗人蔘)」「チョウセンニンジン(朝鮮人蔘)」などと同じものです。「ニンジン」とはいえ、料理に用いられるセリ科の「キャロット(人参)」とは別もので、こちらはウコギ科の多年草の薬用植物で字も「人蔘」という伝統的な字があえて使われます。

雄大な信州の地で育つ人蔘は、「信州人蔘」と呼ばれており、古くから漢方生薬として滋養強壮・健胃・鎮痛効果などの薬効が知られ、今日まで多くの人の健康を守ってきました。漢法医学では、人蔘は陰陽エネルギーのうちの陽のエネルギーに働きかけると考えられています。

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大地から夏の熱気が消え去ってめっきりと秋めく10月は、まさしくこの信州人蔘の出荷のトップシーズンです。いまだあまり知られていない信州人蔘ワールドを伝えるべく、長野県上田市上丸子にある「JA佐久浅間信州人蔘センター」を訪れました。

万能で生命の根で人間のような姿をした
「信州人蔘」は、正式には「オタネニンジン(御種人参・学名 Panax ginseng)」といいます。冷涼な気候を好み、原産は、地球の北半球は東アジアで、中国、朝鮮半島、東シベリアに自生していました。ギリシャ語では「万能」を意味し、ロシアでは「生命の根」と訳されています。その根が人形を思わせるところから「人蔘」と称しました。

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162年前より信州の大地で
歴史をひも解くと、「人蔘」が日本国にはじめてもたらされるのは739年に渤海国からの使者が献上品として持ち込みました。栽培の記録は、江戸時代までさかのぼります。第8代将軍徳川吉宗が薬事政策として、1719年に対馬の領主が幕府に献上した人蔘6株を下野国日光で初めて栽培させています。信州では、弘化3年(1846年)に現在の佐久市志賀(旧志賀村)の神津孝太郎という人物が、その種子を密かに持ち帰り、苦心の末、栽培を成功させました。以来約160年間、栽培が技術的にむずかしいにもかかわらず、信州の東信地方である北佐久郡町村・南佐久郡町村・小県郡町村・上田市・佐久市・小諸市、一円に栽培が広まっていき、現在では福島県や島根県に並ぶ一大産地になりました。

人蔘は乾燥の前に休ませる
JA佐久浅間人蔘センターのなかでは、各地から届けられた人蔘たちがずらりと並べられています。ginseng_4.jpgセンター長代理の田中洋一さんに聞くと、この作業は、人蔘たちを休ませ、ひとつつひとつ丁寧に洗い、乾燥で割れないようにあらかじめ布を巻いてから、一次乾燥、二次乾燥と行います。工程は、一通りで40日以上かかるとか。また、この過程で、信州人蔘の水分が約95パーセント以上なくなるように乾燥させるのだそうです。

冷涼で水はけの良い土地
現在生産者は、東信州各地に約40人ほど。栽培は、一言で言うと、とにかく時間がかかります。東西に畦を立て、太陽光の直射を避けるためわら葺きの小屋をつくり、土の乾燥昇温を抑えておきます。これは、人蔘が、水はけがよく、日陰の涼しいところを好むためです。

収穫までに5年から6年
種をまくのは、畑の様子をみて秋の10〜11月ごろにおこないます。その後、2年目(!)で、人蔘が小指ほどの太さに育ったところで、一度すべてを掘り起こします。その中の優れたものを約1割ほど選び、これをもう一度植えなおすのです。そして、栽培をはじめてからようやく5、6年目、ようやく十分な大きさになったところで、はじめて収穫となります。「はじめに植えた当初より1割以下になってしまうんだよ」と田中さん。

大地の力がそのままはいる
とにかく大変なのが、土づくりです。信州人蔘は、時間をかけて土の中の栄養を吸収・蓄積し、高い漢方成分を生み出すため、収穫した後の畑では、その後30年間に渡って信州人蔘は育たないと言われた時代もありました。ですから適地を求めて畑は、次々と山中を移動するのです。

現在では、研究が行なわれて栽培技術も進み、病気になりにくく、独自の肥料の配分で、数年後には同じ畑で栽培できるようになりました。とは言え、とてつもない時間をかけてつくられる信州人蔘だからこそ、おのずと神秘的な雰囲気をもっています。

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生で食べても元気が出る
生産者の苦労を知りぬいている田中さんが笑顔で話してくれました。「今年の収量は、全体で約7トンを見込んでいます。今年の信州人蔘の出来もまずまずですよ」と。ここで選ばれて加工された優秀な商品は、長興社というブランドで香港へ輸出されるもの、大手製薬会社に納入されるもの、個人消費者の手に渡るものへ分けられます。

ところで、栽培2年目を迎えたもので、選抜されなかった残りの約9割の子どもの人蔘はどうなるのかうかがうと「2年生(ねんしょ)として、生で食べられる信州人蔘として流通します。生で食べると2年生とはいえ、元気が出るよ」とのこと。

信州人蔘の力を信じる
生で食べられるのかと驚いていると「一番うまいのは、天ぷらだね」と田中さんが教えてくれました。ginseng_5.jpg天ぷらにするとそとの衣はサクサク、信州人蔘はシャキシャキした歯ごたえで、独特の風味と軽くふった塩とのバランスもよく美味しいのだとか。これからのことをうかがうと、田中さんは言いました。

「160年以上ある伝統の信州人蔘の栽培を維持し、生産者をサポートしていきたい。それと、若い人に古来から愛される元気の源を知ってもらいたいね。健康は誰もが願うことでしょ。生産者もわれわれも健康でいるのは、信州人蔘おかげだからね」

お問い合わせ:

JA佐久浅間信州人蔘センター
住所 〒386−0404
   長野県上田市上丸子1758番地1
電話 0268−42−3123
FAX  0268−42−3125
信州人蔘センター ウェブサイト

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農畜産物や店舗・施設の状況は変わることもございますので、あらかじめご了承ください。

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