長く厳しい冬が終わると、春を待ちわびたかのように荘厳な桜が咲き誇り、ひと月も経たぬ内に山は新緑に染まります。この劇的な変化を、ある農家さんが「春は化け物」と表現したのがとても印象に残っております。この表現は山菜にも使われることがあり、食べごろを過ぎて大きくなったものを「○○のお化け」ということもあります。個体単位での山菜の旬は、まさに一瞬。種類にもよりますが1日収穫が遅れれば、大きくなり過ぎたり、硬くなって食べにくくなってしまいます。その成長は非常に早く、タケノコなどは1日に1m程伸びることもあります。しかし、信州は南北に長く、北・中央・南アルプスといった高い山々が連なるため、南から北へ、里から麓へ、麓から奥山へと長期間に渡ってリレーのように山菜の収穫が行なわれます。極端な例をあげると、雪渓の脇を探せば、真夏でさえ一部の山菜は収穫が可能なのです。
さて、今回は「独活(ウド)」にスポットを当ててご紹介したいと思います。実は似ても似つかぬ姿をしておりますが、タラの芽(タラノキ属)の仲間です。スーパー等の店頭では真っ白なウド(軟白ウド)を見かけることがほとんどだと思います。これは、トンネル等の遮光できる場所で栽培しているためで、軟らかく捨てる部分がほとんどないのが特徴です。また、下のほうだけが白いものは露地栽培で盛り土(籾殻)をして遮光したり、軟白ウドに日光を当てたものです。
この日納品された約40kgのウド
これに対して、自然界に自生する天然のウドには、真っ白なものはほとんど存在しません。ウドは沢筋の斜面に自生することが多く、他の山菜に比べて1本1本が大きく重いため、山から人の手で担ぎ下ろすのは重労働です。山間の集落のお年寄りの中には、若い頃は1日に奥山で100kg以上のウドを収穫した人もいた、とも聞きますが、高齢化の波が押し寄せ、収穫量も年々減っているのが現状です。近年、この状況を打破しようと、長野県北部の新潟県境に位置する小谷地区では、2014年から休耕田の再生を兼ねて、ウドの苗を植えるプロジェクトに取り組んでいます。ウドは多年草であるために株が大きくなり、収穫量が安定するのに約3年かかると言われており、山菜の加工場を小谷地区に構えるJA大北も、原材料の確保に苦心をしているのが現状です。
ミヤマイラクサ・イラ・エラなど同じ山菜でも様々な呼び名がある
もしも、この記事をご覧になられて、山菜を採りに行こうと考えた方にお願いがあります。まず、危険な場所も多いので安全に注意していただくことです。春は、冬眠から覚めた蛇が日向ぼっこをしていることもあります。そして、「止め山」と呼ばれる山菜採り禁止区域では、山菜採りを行わないでください。山菜は地域住民の大事な収入源でもありますので、必ず守っていただきますようお願いします。そして、「自然に対して、お礼の心を忘れないこと」です。具体的に言うと、山菜を端から収穫してしまうと、やがて絶えてしまいます。山菜採り名人たちは、10本ウドが生えた株があったとしたら、必ず数本残しておきます。確かに、全部採っても後から新しい芽が出てきます。しかし、これが2回、3回と繰り返されればどうでしょうか? このため、誰かが収穫を一度行なった株は、過度の収穫を避けるべきなのです。また、地元の人に山菜の生えている場所を尋ねる人がいますが、教えてもらえなくても気を悪くしないでください。意地悪をしているわけではなく、上記の理由もあり、教えないのが自然を守るあり方の一つでもあるからです。山菜が好きな方は、ぜひ自分の足で山を歩き、自分だけの場所を見つけて、来年も同様に収穫できるよう大事にしていただきたい、と思います。
こうして収穫されたウドですが、素材の味を活かした食べ方を知らなくては元も子もありません。 JA大北の山菜加工場では、「山うど木の葉漬」という漬物に加工しています。平成23年度の長野県園芸特産振興展示漬物品評会の本漬物の部で県知事賞を受賞。小谷・白馬地域を訪れた際にお土産店や飲食店で食べて忘れられない、という方からのお問い合わせも多い逸品です。
5月頃に収穫されるウドは、一旦、塩蔵されます。大きな桶や、深さ3m程の水槽に30%の塩で漬け込みます。まずは、葉を取り、茎だけにします。そこに塩を振り、一定期間置くと、浸透圧で水分が出てきます。このままでも大丈夫ではあるのですが、ひと手間掛けて浸み出してきた水を抜いて、さらに塩を振り塩蔵します。写真をよく見ていただくと、天日塩と書いてあることにお気付きでしょう。塩を使うのは保存が目的で、最終的には洗い流してしまうのですが、海水から自然の力を借りて作られた塩をわざわざ使うなど、小さなところにこだわることが、大きな信頼・味を守ることに繋がっています。こうして塩で漬け込まれたウドは、保存料等の添加物を使わなくても、常温で何年も保存が可能となります。一時に大量に収穫される山菜を年間を通して食べるための先人達の知恵といえましょう。
山菜を塩蔵する時は30%も塩を使う
自然の力を借りて作った天日塩で塩蔵
使われている漬物石(写真)を手で動かそうとしたのですが、まったく動かず、重さを聞くと120kg! 一番大きな水槽で塩蔵する時は、この石14個で1680kg分を乗せるというから驚きです。
地域のお母さんたちが手作業で山菜を加工する
取材に伺った時は、約1年前に漬け込まれたウドを清冽な水で塩抜きし、カットした後の仕分け作業中でした。原料の山菜の多くは天然のもの。大きさ・日向・日陰・生える場所等でも個体差が大きいのが特徴です。地域のお母さんたちの力を借りて、食べると硬い部分や、筋・葉など食感を落としてしまう部分を熟練の手作業と目視で仕分けます。品質を落とさずに、この作業を機械が取って代わることは不可能といえましょう。
筋・葉など食感の悪い部分は取り除く
仕分け後のウド
再度塩抜きを行い、小谷・白馬地域に昔から伝わる醤油ベースのタレに漬け込みます。この中には、サバ節の厚削りも入っており、これを「木片と勘違いされたお客様がいらっしゃって、説明をしたら感銘してファンになってくれた」というエピソードもあったそうです。 その味はというと、ウドの青い部分を使っていながら食感は軟らか。香気・苦味ともにウドの良い部分がしっかり残っており、ウド好きにはたまらない逸品に仕上がっております。
「山うど木の葉漬」
納品に来たお母さんにいただいたイラのおひたし
こういった地域に根ざした漬物が、お蕎麦屋さんや居酒屋さんなどでお通しとして出てくれば、訪れた人はきっと感動してくれることでしょう。料理はおいしいに越したことはありませんが、旅の人には、「地元色がよく出た料理」や「新鮮な驚き」など、その場所ならではの体験が、いま一層求められているように思います。土地の人にとっては当たり前のものであっても、温故知新、先人の知恵の中にこそ、そういった感動が詰まっているはずです。
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こちらは 2016.05.10 の記事です。農畜産物や店舗・施設の状況は変わることもございますので、あらかじめご了承ください。
ヤマグチ
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