ここ数年、県内外の旅館や飲食店などで、「信州サーモン」のメニューを見かける機会が増えてきましたね。「信州」の「サーモン」とは、初めて目にする方はびっくりされるかもしれませんが、その名の通り、信州ならではの魚です。魚肉はきれいなピンク色で程よく脂がのり、とろけるような舌触り。そして、魚特有の生臭さを感じさせないとあって、魚嫌いな方にも受け入れられているそうです。
ワサビと醤油をつけて刺身でいただいたり、洋風にカルパッチョにしたり、和洋中、エスニックと調理方法を問わずおいしくいただける信州サーモン。2011年には信州発の優れたブランドを表彰する「信州ブランドフォーラム」でみごと大賞に輝きました。では、その信州サーモンとは? 秘密に迫ってみましょう。
ニジマス×ブラウントラウト
両者のいいとこ掛け合わせ
信州サーモンという魚は自然界に存在しません。どういうことかというと、雌のニジマスと雄のブラウントラウトをバイオテクノロジーの技術によって掛け合わせて誕生した、養殖品種なのです。掛け合わせるといっても単純ではありません。
まずはニジマス。普通のニジマスは染色体を2組持つ二倍体です。この受精卵に高い圧力を与えることで4組の染色体を持つ四倍体をつくります。一方のブラントラウトは、性転換させた二倍体の雄を使います。これにより三倍体のメスの魚、つまり信州サーモンが生まれるのです。
繁殖能力を持たないので、普通の魚のように、成熟期になって卵に栄養を取られたり、生殖行動にエネルギーを使うということがありません。つまり、卵に栄養を費やす必要がないのです。年間通して成長を続け、短期間に大きくなるのはそのためなのです。
もちろん味にも定評があります。ニジマスに比べて舌触りがトロリとやわらかく、肉厚、豊かな風味が特徴です。刺身やカルパッチョなど和洋中問わずおいしくいただけるほか、恵方巻き、押し寿司、おむすび、駅弁、皮せんべいなど、新商品の開発も活発に行われています。
環境への影響もしっかり考慮
自然界にいない魚だけに管理には万全を期しています。
この養殖品種の稚魚生産を許可されているのは、長野県の研究機関である県水産試験場だけです。稚魚は県内の養殖業者の手に渡された後、およそ2〜3年かけて育てられ、私たちの口に入るのですが、県水産試験場から養殖業者に稚魚が渡るときは、養殖場から外へ放流してはいけないことが厳命されています(万が一自然界に出たとしても、卵を持たないので、繁殖する心配はないそうです)。
苦節10年の研究成果
では、この信州サーモンはどのようにして生まれたのでしょうか。開発したのは安曇野市明科にある長野県水産試験場です。魚がすみやすい環境づくりと、その保全のための調査研究をするほか、養殖技術を開発して養殖業者へ技術普及をしたり、イワナなどの種苗を生産・供給したり、信州サーモンのようにバイオテクノロジーを利用した新品種を開発したりと、さまざまな取り組みをしている県の機関です。
信州サーモンの開発には、足掛け10年もの長い年月を費やしたそうです。まずは、どんな魚を開発するのか目標を定め、その目標めざしてどんな魚を掛け合わせるのか、飼育しやすくするにはどういう技術が必要か......。さまざまな試行錯誤を経て、現在の技術が確立、水産庁の認可を得たのは平成16(2004)年のことです。
安曇野市明科にある長野県水産試験場
養殖する上でもメリットが
こうして誕生した信州サーモンは、ニジマスと比べて肉厚でキメが細かく、食べておいしい魚なのですが、実は、養殖する上でもメリットが多いそうです。
11月から12月頃、ニジマスから採卵し、ブラウントラウトの精子を掛けてふ化した稚魚は、県水産試験場内で育てられ、その後、5〜6月頃、県内の養殖業者の手に渡ります。このときの稚魚は体長6、7cm、体重2〜3gといわれています。
信州サーモンは、県水産試験場押野試験池でふ化、
稚魚として養殖業者へ出荷されるまで飼育される
養殖業者は稚魚を各自の養殖場で育てますが、2〜3年で体長50〜60cm、体重2〜3kgを超える大型魚になるそうです。
養殖にあたっては統一の管理指針が定められていて、飼育密度や餌やり、あるいは締め方などが決められています。そして、養殖に用いられる水は、一年を通して20度以下の冷涼な水であることが必要条件とされています。実際の養殖場では、湧水や地下水、河川水などをそのまま、あるいは組み合わせて利用しているようですが、だからこそ、信州の清冽な気候で育まれた魚、といえるでしょう。
養殖上のメリットについては、ニジマスとブラウントラウトの良い面を受け継いでいます。まず、ニジマスがかかりやすい病気に強いことがあげられます。また、県内ではひと頃、ニジマスの養殖が盛んでしたので、その設備をそのまま使うことができます。養殖業者にしてみれば、信州サーモンへの移行がスムーズに行える、というメリットがあるのです。
信州サーモン振興協議会長・高原正雄さんの養殖所(株)
辰巳(安曇野市明科)。ここではワサビ田を潤す湧水を利用。
「水温は1年通して10〜15度を保っています」(高原さん)
ブランドたる証、ロゴマークを制定
信州サーモンの稚魚は長野県内の養殖業者にのみ供給されます。だからこそ信州ブランドでもあるのです。県外、あるいは海外から、「信州のサーモンを求めて信州へ」という観光面での期待もできるでしょう。
信州サーモンを養殖する県内43社でつくる「信州サーモン振興協議会」では、地域ブランドの確立に向けてログマークシールを作成しました。養魚場から出荷されるときに貼ることで、信州ブランドである証になります。
新種の「大型イワナ」は平成26年度出荷を見込む
2013年は信州サーモンが市場に出始めてから10年目を迎えます。県内ではかなり知名度が上がってきましたし、東京、名古屋、大阪など大都市圏の宿泊施設や飲食店でも、供給されるようになりました。
今後について、県水産試験場の熊川真二主任研究員は、「品質の向上と味の統一をはかりながら、県外でしっかり認知されるよう、さらに販路拡大していきたいですね」と話しています。
県水産試験場では、平成26年度の稚魚出荷をめざして、三倍体の大型イワナを新たに開発中です。このイワナも子孫を残さないために成長が早く、味もよいことが期待されています。
「信州サーモンの赤と、イワナの白で、おめでたい紅白の魚が山国でいただけるんですよ」(熊川主任研究員)。初年度の稚魚の出荷目標は10tとのことです。
2011年信州ブランドアワード
大賞に輝く
2011年には、信州ブランドアワード大賞に信州サーモンが選ばれました。信州ブランドアワードというのは長野県から発信する優れたブランドを選考、表彰するもので2004年にスタート。過去には「松本山雅フットボールクラブ」「新鶴塩羊羹」「諏訪湖の花火」などが選ばれており、信州サーモンもその仲間入りを果たしました。それと同時に、信州サーモン振興協議会が認定するロゴマークも制定され、名実ともに信州を代表するブランドの一角に位置づけられているのです。
サーモンを思わせるきれいな紅色で、
キメが細かく脂ののりが良い
信州サーモンに関する詳しい情報は、県水産試験場ホームページの信州サーモンコーナーをご覧ください。
・県水産試験場ホームページ