"太陽に一番近い高原の野菜畑"などと聞けば、皆さんはどんな印象を持たれますか。
その畑は、信州野辺山高原に実在します。
八ヶ岳の東側山麓に位置する野辺山高原には「八ヶ岳高原線」とも呼ばれる高原鉄道の小海線が走っていて、この清里―野辺山間には、JR鉄道のなかで日本一標高の高い場所とされている1,375メートル地点があります。まさに、太陽がより間近に感じられる場所と言ってよいですね。
野辺山高原はこの標高の高さによって、8月でも平均気温が18度ほどという涼しさです。そんな冷涼な気候を利用して行われているのが、高原野菜の栽培。つまりここで採れるのは、太陽に一番近い畑で育った、文字通り日本最高の高原野菜なのです。
サラダ街道の緑のじゅうたん
日本一標高が高いとはいっても、そこは切り立った山頂の崖の上などではなく、広大な大地が広がるさわやかな高原です。
海尻から野辺山高原まで伸びる国道141号線は、「野辺山高原サラダ街道」とも呼ばれていて、その左右には遥か彼方までとにかく壮大なスケールで緑のじゅうたんが敷き詰められています。じつはこれ、すべて野菜たちなんです。レタスやサニーレタス、キャベツにセロリ、トウモロコシ、そして、鍋料理には欠かせないハクサイです。
実は夏から秋にかけてが見逃せない!
南佐久郡の川上村、南牧村、小海町、北相木村、南相木村の野辺山高原一帯を管轄するJA長野八ヶ岳にはハクサイ畑が広がり、年間10万トン以上もの生産を行う県内での夏から秋にかけてのハクサイ需要を支える中心地です。年間を通じての生産量は全国2位の長野県ですが、夏秋期としては圧倒的なシェアを占めており、長野県は6月から10月のハクサイ栽培が盛んであることがわかります。
それは夏場の高冷地の気候がハクサイ栽培に適しているからにほかなりません。とはいえ、この時期のハクサイは馴染みのない方も多いことでしょう。何せハクサイはもともと冬の野菜。寒いほどに甘味が増して美味しくなり、鍋料理や煮込み料理には欠かせないものですが、冬だけしか食べないなんてもったいない。今のハクサイもまた、見逃せない美味しさなのですから!
高原の野菜づくりはワイルド!?
向った先は野辺山駅のある南牧村。下界の暑さから逃れ、高原の清々しい空気を思いっきり吸い込もうと車の窓ガラスを開けた途端、吹き込んだ冷たい風に思わず身震いしたほど、ここは別天地。うっかり半袖を着てきてしまったことにすぐさま後悔したわけですが...。しかし、日が高くなるにつれ、次第にジリジリと容赦ない陽射しが照りつけ、痛さを感じるほどになるのです...。吹く風はとても爽やかで(寒いくらい)心地良く、大地には延々と広がる野菜畑。そして見上げれば視界を遮るものは何もなく、そこにあるのはただ空の青さだけ。
そんな野菜畑が広がる間を、道幅いっぱいに巨大なトラクターが向かってきます。タイヤだけでも肩の高さほどもあります。畑の規模といい、景色の雄大さといい、そしてトラクターの大きさといい、もう段違いなほどにワイルド!! それが野辺山高原の野菜栽培の特徴でしょうか。
標高の変化を生かして旬をずらす
トラクターから颯爽と飛び降りたのが、生産者の井出澤誠(まこと)さん。6月から始まる野菜栽培は、暑さに従い徐々に標高の高い場所へと移動していくそうで、現在は1,400メートル弱の地点での栽培となります。
ハクサイとレタスを半分ずつ、広さにしておよそ4ヘクタールずつ栽培しているという井出澤さん。ちなみに、1ヘクタールは10,000平方メートル、坪に換算すれば約3,000坪ですので、4ヘクタールはおよそ12,000坪、それが2つ。別の言い方をすれば、東京ドームの建物は約4.7ヘクタールといいますから、それがだいたい2つ分、そこをハクサイとレタスとで栽培し、その他にも数十種の野菜を作っているということです。これは相当な野菜尽くしですね。
また、ハクサイとレタスとを毎年交互に植えるという栽培方法は、単品だけだと病気が起こりやすい畑になるので、交互に栽培することでその恐れを減らしているということです。
厳しい気候条件が甘みとみずみずしさを育む
夏場の昼間の気温は30度になるかならないか。けれど夜ともなれば一転、15度前後に冷え込みます。「グッと冷え込むことで、締りが良く、水分たっぷりでシャキッとしたみずみずしい野菜がつくられるのです」と井出澤さん。また、昼夜の温度差も野菜に甘みをもたらすのですが、もともと秋から冬の野菜として冷涼な気候を好み、さらに水分を好むハクサイにとって、今年は例年よりも雨が少なく、また今年は珍しく30度越えの日が何日もあったといいますから、厳しい気象条件でした。ハクサイ農家のみなさんはさぞや苦労の多かったことでしょう。
けれど井出澤さんの場合、その広大な野菜畑への水やりは毎年自然任せだそうで、「夜間にぐっと冷え込むことで、朝露や霧から水分がたっぷり得られるので、それを水分代わりにしているんです」とのことでした。
霜が降るとさらに甘みが増してさらに美味しい!
井出澤さんが栽培したハクサイを持たせてもらいました。その重さ、およそ3キロ。抱え込んだ腕にずっしりと沈む重量感。種を蒔いてから苗になるまでが25日、苗からこの重さになるまでに50日と、トータル75日をかけて立派なハクサイに出来上がります。
夏場のハクサイは水分豊富で、夏の乾いた喉を潤してくれるかのようですが、9月も20日を過ぎるとこの場所ではもう霜が降り、甘味の一層強いハクサイに仕上がるのだそうです。
夏場は漬物でさっぱりと
冬場の甘味がのったハクサイ人気はもちろんですが、夏場は漬け物としての需要も多いとのこと。蒸し暑さで食欲がわかない日でも、箸を器用に使って葉っぱの部分を広げてご飯をクルリと巻けば、少しの塩辛さとシャキシャキした軽い食感とで、あら不思議。ペロリと一膳、きっとご飯もすすんでいることでしょう。
日本食文化に欠かせない味
そんなユニークな食べ方が浸透し親しまれているハクサイですから、遥か以前から日本に馴染んでいるものかと思いきや、本格的にハクサイが普及するのは、日清・日露戦争が契機といいますから、意外にも日本での歴史は浅いようです。けれど、ご飯のおかず、晩酌やお茶請けのお供にと、子供からお年寄りまで、昔から多くの日本人に食され、また一年中食卓にのぼる白菜漬けは、いわば心の友ともいえます。 ちなみに、長野県は野沢菜漬けの本場なので、冬場は野沢菜漬けでご飯を巻いて食べることも。これまたご飯がすすむ逸品なんです。
美味しくて健康的な食べ方は?
刻んで軽く塩揉みしたり、細く刻んで生野菜として食べるのもおすすめです。熱に弱いビタミンCですが、塩漬けにすればその損失は少なく、ミネラルを効率よく摂取できるほか、塩漬けで摂りすぎた塩分を体外に排出する働きもしてくれます。
ただし、調理の際には手とハクサイをよく水洗いし、食中毒を心配される方は、シャキシャキ感を残す程度に火を通すことが予防に効果的だそうです。
また、ハクサイを選ぶ場合には、しっかりと葉が上まで巻いてずっしりとした重さのものを選び、切ったものを選ぶ場合には、断面が盛り上がっていないものを選んだ方が新鮮です。
今月からいよいよ出荷最盛期を迎えるハクサイ。
サラダ感覚で食べたり、炒めたり、茹でたり煮込んだりと、調理法や部分によって異なる食感や味の違いを楽しみながら、丸ごと1個、余すことなく使ってほしいハクサイ。
冷涼な空気に育まれた野辺山高原では、11月頭まで出荷が続きます。
〔参考〕
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JA長野八ヶ岳ホームページ