3月は卒業のシーズン。春の旅立ちに似合う花といえば桜ではないでしょうか。しかし、桜前線がやって来るのはもう少し先のことです。そこで、季節を先取りして桜の花を咲かせているのが、松本市中山地区のJA松本ハイランド中山花木専門部のみなさんです。出荷する桜は、華道などの稽古用が主となりますが、地元の中山小学校と中山保育園には、毎年、卒業式と卒園式に合わせて桜の花を贈り、子どもたちの旅立ちを見守っています。そんな桜を栽培している農家さんを訪れました。
「遊休荒廃農地に花を」
信州のほぼ中央に位置する松本市の南東部の中山地区。花木専門部の専門部長・山本純雄(やまもと・すみお)さん(72)の圃場は標高855mの傾斜地にあります。天気が良ければ松本平を眼下に、正面には北アルプス、という眺望が広がる見晴らしの良い場所。取材に行った日の朝の最低気温はマイナス10度に近く、天候は晴れ。気温の低い日は空気もよく澄んで、雪を頂いた北アルプスが良く見えました。「今朝はアルプスの写真を撮りましたよ」と、山本さんはうれしそうに話してくれました。
山本さんの圃場近くからの眺め
取材日の朝は氷点下
中山地区は、かつて養蚕の盛んな地域でした。山あいの傾斜地の多くは桑畑でしたが、養蚕の衰退とともに遊休荒廃農地が増える結果となりました。昔ながらの風景の変化に「これは何とかしなければ」と立ち上がったのが、山本さんをはじめとする地元の仲間たち10人。「枯れ木に花を咲かせましょう」ではないが、「遊休荒廃農地に花を作りましょう」と、平成14年から桜の木を植え始めました。
シカに悩まされたことも
ところが、桜の木を阻む問題が立ちはだかりました。野生のシカです。桜は出荷できる状態まで成長させるには5年もかかるのですが、その間に、せっかく伸びた若芽をすべてシカに食い荒らされ、桜が枯れてしまったのです。
山本さんは振り返ります。「しばらく食害に悩まされ、花木の栽培をあきらめる生産者もいました。しかし、地区の全域にわたって畑と山との境に高さ2mの金網を設けることでシカの侵入を防ぐことができ、ようやく安定して栽培できるようになりました」
現在は桜をはじめ、レンギョウ、ユキヤナギ、ミズキ(写真)、ボケなどを作っています。桜は約40aの畑に約4800本。今シーズンは一昨年の2倍、7万本の桜の出荷を予定しています。「生産者のみなさんが良い花木を作ろうとする意識の高まりもあり、今年も良い桜が出荷できています」とは、JA松本ハイランド花きセンターの柳沢和幸(やなぎさわ・かずゆき)さん。
栽培する桜の品種は「東海桜(とうかいざくら)」。よく知られるソメイヨシノよりも花期は早いものの、ここでは出荷前の「ふかし」によって花期をさらに早めます。「ふかし」とは適温(気温20度)に保たれたハウス内で促成すること。最適な温度に加え、適度な湿度も必要なため「1日2回は水やりをします」。
美しい花は夏の努力の賜物
こうして数日ハウス内で過ごすと、ほのかな桃色のつぼみがいくつも膨らんできます。このつぼみは、前年の夏の作業の結果の表れなのです。
山本さんは言います。
「樹勢があると枝が上へ伸びようとするため葉芽がつき、花芽がつきません。そんな時は、夏場に樹皮をむいてわざと傷をつけて樹勢をなくし、花芽が多くつくようにするのです」
新規就農者に期待
花木栽培は農閑期の仕事のひとつとして行っている生産者がほとんどで、山本さんのメインはカーネーション栽培とのこと。夏場の管理にも手がかかるため、山本さんが懸念していることがあります。
それは生産者の多くが80歳を超え、高齢化していることです。
「農閑期の冬場の作業というのも体にこたえるので、新規に始める人が出てくると良いのですが...」
つぼみが多くついた花木は、一足早い春の訪れを告げる存在として、今年も多くの人の気持ちを和ませてくれることでしょう。中山地区では3月末までの出荷を予定しています。それが終わるころ桜前線が日本列島を北上し、本格的な春の到来を告げる季節となります。