♪夏も近づく八十八夜
野にも山にも 若葉が茂る
−−唱歌「茶摘み」
初夏の風物詩でもある茶摘みが、長野県の最南端、飯田市南信濃ではじまりました。「えっ、長野でお茶?」と思った方も多いことでしょう。日本のお茶どころといえば静岡や宇治で有名な京都などを思い浮かべるかもしれませんが、日本の秘境100選のひとつに数えられる南信濃・遠山郷でも、良質なお茶が生産されているのです。今年初めての収穫となった21日には名古屋市にある愛知淑徳大学(あいちしゅくとくだいがく)ビジネス学部の学生たち14人が手摘みの体験を行い、柔らかな若芽の感触と根気のいる作業に挑みました。
信州の秘境におけるお茶作り
静岡県と境を接する山深い南信濃は、天竜川の支流・遠山川を見下ろす斜面にお茶畑が点在するところです。標高約400m。南アルプスの山々の連なりに囲まれる渓谷の地のここ南信濃では、村史によると400年以上前からお茶の生産は行われていたようですが、かつての農業生産の中心はこんにゃくや養蚕でした。それが時代の流れとともに養蚕は衰退し、昭和30年代後半ころからお茶の生産が再び見直されはじめました。ここで作られるお茶は、標高が高いために病虫害の発生も少ないことから農薬をほとんど使わないお茶として今では愛されています。
柴原博人さんの茶畑を望む
JAみなみ信州お茶部会の会長・柴原博人(しばはら・ひろと)さん(70)は50年近くお茶づくりに携わり、現在も約400アールの茶畑で煎茶の代表的な品種「やぶきた」を作っています。ここ南信濃をはじめ上村(かみむら)地区、隣接する天龍村や阿南町、泰阜(やすおか)村など飯田・下伊那地域で作られるお茶は南アルプス・赤石岳(標高3120m)にあやかって「赤石銘茶」の名称で販売されています。
機械収穫する柴原さん
まろやかでバランスのとれた味わい
柴原さんは言います。「ここのお茶の特長は、昼夜の寒暖差が大きく病害虫の心配がないことから無農薬で収穫できる安全性と、香りが高く渋みの少ない甘みのある味わいです」と。新しく伸びた柔らかい葉だけを収穫する「一番茶」を使用し、葉の特長を生かす「浅蒸し」をすることから、まろやかなバランスのよい味わいが出るのだそうです。
南信州手もみ茶保存会の茶摘み
また、信州の茶どころには匠の技を復活・継承する「南信州手もみ茶保存会」があり、活動を始めて8年を迎えています。今回、学生が茶摘み体験をしたのもこの保存会が生産している茶畑。半世紀前までは手摘み・手もみで生産されていたお茶も、現在は生産性を向上するため収穫も製茶も機械化が主流です。しかし、この地でお茶の指導員として生産・普及に尽力してきた同保存会の副会長・岡井武司(おかい・たけし)さん(60)たちが10年ほど前、機械もみの基本を学ぶために行った手もみ茶の講習会で、赤石銘茶の風味や味わいの良さを生かせる手もみの製茶に感激し、保存会を結成したのでした。
南信州手もみ茶保存会 副会長・岡井武司さん
とはいえ、はじめから最後まですべてが手作業ですから、決して効率が良いとはいえません。お茶も農作物ですし、採れたての新鮮な葉を製茶した方が味わいも良いため、収穫期が重なる時は時間との勝負ということになります。機械では収穫から4時間ほどで製茶できる作業も、手作業の製茶だと、蒸したお茶を手もみする工程だけで6時間もかかります。岡井さんは言います。
「手もみのお茶は、年間の生産量がわずか2・4キロ。手摘み、手もみなので重労働です。しかし、毎年毎年私たちを動かしているのは、地元で収穫した上質のお茶をおいしく作りたいという思いだけなのです」
女子大生が手で摘んだお茶の味
愛知淑徳大学の学生たちが今回行った手摘みは、手もみのお茶を作るための大切な作業のひとつでした。学生たちは、飯田下伊那地区の若手農家でつくる「かたつむりの会」と連携して規格外野菜を使ったお菓子の開発などをこれまでも行っており、今回は農業の現状を知ることからはじめようとの企画から、トマトやキュウリなどの収穫と並んで茶摘み体験を行いました。
1芯3葉
こだわりの茶摘み「1芯2葉」
お茶の手摘みの多くは、新芽1つに葉が上から3枚の「1芯3葉(いっしんさんよう)」とされていますが、岡井さんたち南信州手もみ茶保存会がこだわるのは「1芯2葉」。特に柔らかい部分だけの茶葉を摘む作業です。
1芯2葉
当初はお茶の木を前に「どこを摘めば良いか分からない」と戸惑っていた学生たちも、午前午後と合わせて4時間の作業を終えるころには慣れた手つきで収穫できるようになっていました。「根気のいる作業ですが楽しいです。角度や視点を変えるとまだ摘める茶葉が見えるので、いろいろな角度で物事を見ることも学んだような気がします」学生リーダーの渡辺恵美さん(4年)は話してくれました。
こうしてこの日収穫された茶葉は、手もみで製茶されることになりました。細くこまやかな茶葉ができることから手もみ茶ならではの香気と甘み、すっきりした味わいが出るのだそうです。このブランド名で「赤石銘茶」と呼ばれる信州のお茶は、飯田下伊那のAコープや直売所で販売していますが、稀少な手もみ茶は市場に出回っていないため、なかなか飲める機会は少ないのですけれど、秋の10月に予定している「JA祭」では試飲と、わずかな数量の限定直売が行われる予定です。
関連サイト:
・JAみなみ信州 赤石銘茶