春先の花いっぱいの季節から、あざやかな新緑のまぶしい季節になってきました。
長野県内のりんご畑では、4月の終わりから5月にかけて一面を真っ白に染めた花が散り、6月初旬の梅雨入りをむかえて、若々しい緑の葉が茂っています。
そんな葉の間からちょこっと顔を出しているのは、小さなりんごの赤ちゃん!

花が散った後には早速小さな実が育ち始めていました。数か月後の収穫に向けて、この時期は「摘果(てっか)」と呼ばれる作業が行われます。
おいしく高品質なりんごを収穫するために欠かせない、この大事な摘果について、農家さんに教えていただきました。
花が咲いたらスピード勝負!摘花・摘果作業
訪れたのは昨年の収穫時にも取材させていただいた、安曇野市・堀金三田にある、林 賢一さん・千鶴さん夫妻が営む株式会社「信州安曇野林農園」の畑です。
昨年の10月、収穫時の撮影。林さん夫妻(前列)とスタッフの伊藤さん(後列左)。JAあづみ果実課 中村課長とともに
昨年の取材時に「摘果の時期に、また来てね」と言われて以来、ずっとこの時を待ってました!
取材の恩返しができればと、筆者もやる気いっぱい。それにしても、摘果ってどんな作業なのでしょうか? 作業の前に少しお勉強です。
摘果とは?
「摘果」は読んで字のとおり、果実を摘む作業です。収穫する実を残し、それ以外を間引きます。この作業によって残す実に栄養を集中させ、大きく高品質なりんごの実に育てます。
大きなりんごは摘果の賜物
摘果の基本
りんごの花は5つほど放射状にまとまって咲き、このまとまりを花叢(かそう)といいます。花叢の最初に咲く花を「中心花」といい、まわりの「側花」は少し遅れて咲きます。

ひとつの花叢に5~6個の実がつきます。
摘果前。花が咲いた後、すべて実がついています
摘果によって、中心の実を残し、まわりの実を落とします。ただし、この時点で中心の実が傷ついていたり、変形していた場合は側花の実を残します。
摘果後。中心の実だけ残して、ほかは摘み取ります
「摘果」の前に「摘花」
花が咲いて実をつける前に花を落とす「摘花」という作業もあります。
「満開から30日以内に摘花をします。30日以内というスピード感が大事。この時期に成長に使われる養分は去年貯蔵していた分なので、ここで使い切ってしまうと、木がもたなくなってしまう。なので不要な花は落として、実がつかないようにします」(林さん)
きれいに咲いた花ですが、落としていく必要があります
この摘花(実をつけなくさせる作業)と摘果(実を落としていく作業)で、最終的に収穫する量を調整します。
摘果のタイミング
摘果は、花が満開になってから、花が散って実がついてきたタイミングで行います。
基本的には満開後30日以内に1回目の「粗(あら)摘果」、さらに満開60日以内に2回目の「仕上げ摘果」の2回行います。
摘花剤または摘果剤で着果量をあらかじめ調整する場合もあり、生産者によってやり方はさまざまです。

林さんの場合は「摘花・摘果剤を使用して着果量を7割程度落とすので、満開後30日頃にほぼ仕上げ摘果に近く、さらにそこから60日以内に見直しの摘果をします」
作業の時期をまとめると、大体こんな感じでしょうか。
・4月末~5月初旬(満開):摘花
・5月下旬(満開から30日以内):荒摘果(1果叢につき1つの着果にします)
・6月~7月初旬(満開から60日以内):仕上げ摘果(果叢の数を3~5分の1に調整する)
※「花叢」は着果後は「果叢」と呼ばれます
ひたすら実を落とす作業
「花が咲いてから2か月はひたすら摘花・摘果作業。この作業がしっかりできていないと売りものになりません」。ここで最終的な着果量がほぼ決まります。
適切なタイミングで行うことで、収穫する実にしっかり養分が行き渡り、さらに樹木を疲れさせないことで、翌年もきちんと花を咲かせてくれるのです。
一度落としてしまったら、もう実はつかないのですから、慎重な作業ですが、スピード感も絶対必要なのです。
0.0014%の選ばれし者
0.0014%
見るからに少ない数値ですが、何の数字だと思いますか?
じつは、1本の木が咲かせる花に対して、収穫されるりんごの割合です。1本の木が咲かせる花は、およそ5000輪。受粉して放置すれば一つひとつに実がつきます。
これに対して収穫する実の数は70~80個。仮に70個とすると、70/5000=0.0014%となるわけです。
かわいい花ですが、すべてを実らせるわけにはいかないのです
1本あたり70個を実らせるということは、1花叢に5輪の花が咲くとして、350花叢を摘果しなければなりません。1花叢から4つの実を落とすとなると、1本につき最低でも1400個の実を落とすことになります。
※新わい化栽培のりんごの木の目安です。栽培方法や樹勢によって数は異なります。
うおおおおおッ!
林さんの農園は東京ドーム2個分に近い6.7haの栽培面積で、およそ2万本栽培しているので…
…2800万個の実を落とす…だと…?
JAあづみ自慢のサンふじ
摘果作業をしなければ一つずつが小さく、私たちが店頭で手に取るりんごとはほど遠いものになるでしょう。あの大きさ・色・甘さのりんごは、人の手が入ることによって作られたものなのです。
店頭に何気なく並んでいるりんごは、0.0014%の選ばれしものたちなのですね…
いざ、摘果に挑戦!
百聞は一見に如かず!
せっかく畑に来たのですから、私も摘果作業をしてみました。今日はJAあづみ職員も一緒に作業します!
林さんからレクチャーを受けるJAあづみ職員。販売担当や企画担当が生産現場を体験することも大事です
まずは実をつけた枝の見方を林さんが根気よく教えてくださいます。
さあ、どこから取っていけばよいでしょうか! 林さん!

「りんごの実は、3年枝といって伸びてから3年目以降の枝につきます。3年枝の中でも2~3cmの短果枝、手の平を伸ばした程度の中果枝、中果枝以上の長果枝があり、長果枝は実をつけても成熟しづらいため、着果させません。節目を見れば何年目に伸びた枝かわかります」」
ひととおりレクチャーを受け、いざ実をつけた木の前に立っても…
筆者脳内
ん?…たんかし?…どの、ふし…め?
チンプンカンプンな私に、林さんの妻、千鶴さんがアドバイスしてくれます。
「まずは中心以外の実を落として、それからほかの明らかに小さい実や形が悪い実も落としてみて」
初めて作業に入るパートさんには、このようにアドバイスしているそうです。確かに、これなら私でもなんとなくわかるかも…
この実の集合の中から
中心の実を残す!
見るからに小さい実(左)、大きい方も変形しているため有無を言わさず取る!
「ひととおり終えたら、一歩引いて、木全体を見てみて。そうすると見逃していたとことが見えてくるよ」
アドバイスどおり遠目で見ると、あら不思議。見落としていた小さな実や、実のつき方がアンバランスな部分が見えてきました。一歩引いて見なおすって、大事です(あらゆることに言えますね)。
混み合っていた実の間隔が空いて、スッキリ!
林さん夫妻いわく「収穫時にどういう実のつき方をするかイメージするのが重要。こればっかりは何年もやって経験を積まないとつかめないかな」とのこと。
確かに、目の前の小さな実が数か月後にどのように実るのか、なかなか想像がつきません。

全体を見直した後、師匠(千鶴さん)のチェックを受けます。
「うん、いい感じですよ!」
モチベーションを上げていただき、コツをつかんで喜び勇んだところで本日は時間切れ。摘果の奥深さに触れた1日でした。
摘果した実。林さんは簡単そうにぷちぷち摘み取っていましたが、想像以上に難しいんです!
林さんの摘果の様子をご覧ください!↓
摘果を終えた後は、実が病気にならないようタイミングに応じて防除しつつ、葉摘みをして日光を当て、しっかり色づくように管理します。
収穫に向けて、農家さんは年間を通じて日々、畑で作業しています。一見、単調な作業も、膨大な知識と経験に基づいて行われていることを、身をもって感じました。
JAあづみ職員(後列)と林さん夫妻。一緒に産地を守り育てています
「次は収穫の時に来てね」と林さん夫妻。はい、もちろんです!
摘果した実がどう成長していくのか想像しながら、その時を待ちたいと思います。

おまけ:休憩のひととき
林さん夫妻、社員さん、パートさん、JAあづみ職員、みんなで作業の合間に休憩。
千鶴さんお手製のレモネードとシフォンケーキをいただきました。おいしすぎる! レモネードには熱中症対策も兼ねて塩を入れます。味変もおいしい!
ちなみにJAあづみでは、広島県のJAと提携し、りんごのない期間は選果所でレモンの選果や冷蔵貯蔵をしています。国産レモンだから皮まで食べられちゃう。


他愛ない話から、産地を良くするための議論まで。大事な情報交換の時間です。
こんなひとときがとても楽しいのです。