暖かい春の訪れが待ち遠しいさなか、突然にして東日本をメチャメチャに破壊していった大規模地震と津波。一瞬にして人々の生活ばかりか尊い生命までをも奪っていったこの大惨事に、被害に見舞われた方々をはじめ、親戚やご友人など関係される方々には心よりお見舞い申しあげます。
県内でも一部の地域では6度強の地震が襲った場所もありましたが、善光寺平にある長野市では、建物の揺れが長く感じられた程度でした。大混乱にのみ込まれた東日本の様子を祈るように心に留めながらも、季節が春へと少しずつ向かうなか、県内の農業もいよいよ本格化しはじめています。
訪れたのは県北部の長野市松代町清野地区。ここでは夏野菜を代表するキュウリ−−といっても、サラダや漬け物、また彩りとして今や食卓に欠かせないキュウリは、年中食べられているものですが−−そのキュウリが春まだ早い北信州で、すでに出荷が忙しくなっていると耳にしました。
清野地区は、以前は養蚕業の盛んなところでしたが、それが衰退して替わりに作られるようになったのが、路地もののキュウリでした。さらに40年ほど前からは、夏以外の需要にも応えられるようにとハウス栽培も行われるようになって、現在JAグリーン長野の清野地区ではおよそ20軒の農家によって春ものキュウリの栽培がおこなわれています。
肥沃な大地は自然の贈り物
農場のある周辺はその昔、千曲川が氾濫したことによって肥沃な台地が形成されたところで、今では桃やリンゴ、アンズにブドウ、また長イモなど農産物の栽培が盛んな地域。とりわけ清野地区のキュウリはシーズンが終盤となっても味が落ちないことが特徴で、キュウリといえども糖度は4度以上を保っているのです。
キュウリと過ごす日々
足を踏み入れたハウスの中は、あっという間にメガネもカメラのレンズも曇るほど。湿気がムンムンとするなかでキュウリは大きく葉を広げ、樹の高さは既に2メートルに達し、そんなキュウリに埋もれる様子で収穫の作業をされている関川さん親子。幸いにも地震によるハウスへの影響は特に何もなかったそうですが、キュウリの栽培歴45年以上という大ベテランの母・はつ子さんを師匠と仰ぎながら教えを請う息子の晃(あきら)さんは、昨年から農業をはじめたばかりで今は「農業は奥が深い」ことを実感している毎日だそうです。
暑いハウスの中でも真っ直ぐ棒状に生るキュウリ。自宅で採れる曲がったキュウリを思い出し、その形の良さに感心していると
「本来キュウリはまっすぐなものなんです。水や温度、湿度に栄養などバランスが整っているとキュウリは真っ直ぐに育ち、それは樹の状態がいい証拠なんです」
と晃さんは教えてくれました。
キュウリからなにを学びましたか?
キュウリの栽培で大切なのは、温度と水分。露地栽培では6月がいちばんキュウリの育つのにいい時期で、それに近い状態になるよう寒い時は暖房を入れてハウス内を温め、また暑くなればハウスの窓を開けるなど、特に春のキュウリ栽培は温度管理に気を使うそうです。「自然の厳しさを知った1年だった」と就農1年目を振り返る晃さん。春キュウリの苗の植付けは、まだ寒さ厳しかった1月下旬より行われたそうですが、日中は別世界のように暖かなハウスのなかも、日が落ちた夜間にはとにかく寒さが厳しかったとふり返ります。
「この冬は寒さが厳しくて暖房代がかかり、これからいくらキュウリが採れたとしても暖房費に消えていきそうな厳しい見通しで、また昨年の夏も例年にない猛暑のため野菜が夏バテをして収量が激減した年だった」と。
現在まだ少し暖房用の重油は残りがあるそうですが、それが手に入りにくい今では「ただもう暖房を入れなくていいように暖かくなるのを願うばかり」といいます。
また水分豊富なキュウリは水も大好きですが、水のやり過ぎは禁物です。朝最初にハウスに入った時、7割近くの葉っぱを見てまわり、葉のふちに水分がないようだったら水をあげ、まだ葉が湿っているようであれば、水やりは行わないという水のやり方をしているそうです。
いい木に育てるには、親づる(木の中心の芯)をしっかりと作るのがポイントで、最初からあまり実を生らせないことが大切なのだと言います。そうすることによって親づるが疲れないので、その後、親づるから伸びる子づる、子づるから伸びる孫づるが実を付けていっても、土台の親がしっかりとしている為にたくさんの実を付けることが出来るのだそうです。
「一度にあまり実らさないよう芽をつみながら、親づるからひととおり高い部分まで実を付けたら、今度は子づるや孫づるから生るキュウリを育て、木が疲れないよう量を制限しながら作っていくんです」と、語るのは師匠のはつ子さん。
キュウリはなにも言わないけれど
畑に見学に訪れた小学生は「キュウリさんは隠れんぼが上手だね」なんて可愛らしいことを言ったそうですが、キュウリは黄色い花以外は全部が緑色。なのでついつい獲り忘れてキュウリが"おばけ"になっていた、なんて経験の方も多いことでしょう。
そのため葉が込みあってくると取り除いて、キュウリが生っているのを見え易くしたり、またそのことで通気性が良くなるので病気になりずらくなったり、さらにキュウリに光が当たることで生長が促されるのです。とはいえ光合成に欠かせない大切な葉っぱですから、順々に摘むことが大切だそうですが。
キュウリの収穫に使われていたのは、その名も「親指くん」(写真)。キュウリは包丁やはさみを使ったり素手でもぎとるのではなく、指サックのような、はめる指先の腹の部分に刃が付いた道具で、実の上部のツルの部分を挟んで片手でサクッと樹から切り離し、いとも簡単な様子で片手で切ってはそのままカゴに入れ、余計に実に触れることのないスムーズな収穫がされていました。
すでに2月末から行われている収穫は、順調にいけば6月20日頃までの予定。また夏秋用のキュウリは8月のお盆頃から11月中旬くらいまで収穫される予定で、同じキュウリ栽培といえども夏から秋にかけは、とにかく短期間であっという間にキュウリがどんどんと大きくなるので、ただもうひたすら収穫に追われる日々になるそうです。
関川さんの作るキュウリをはじめ清野地区で作られるキュウリは、市場出荷されて地元長野市を中心にスーパーで販売されたり、またJAグリーン長野松代総合センター内農産物直売所でも販売されています。
関連サイト:
・JAグリーン長野公式ホームページ