あんずの花が満開に咲きほこり、辺り一面をピンク色に染めていた4月上旬の様子とはうって変わり、緑にあふれたこの地では、葉陰にうっすらと黄色身を帯びた梅の実よりずっと大きなあんずの実が、時折吹く6月の涼風の中、今か今かと色づくのを待っています。
青かった実がだんだん透き通ってきて黄色に変わり、橙(だいだい)色になったら――今年もあんずの季節の到来です。先週の14日、全国でもトップクラスのあんずの生産と販売量を誇る「あんずの里」である千曲市森地区を訪ねて、出荷目前のあんずと生産者のみなさんに会ってきました。
今日6月23日がなんの日か知ってますか?
本日6月23日は「あんずの里」森地区のあんず出荷日です! めでたくこの日を迎えた、あんず農家は今、一同に胸をなでおろしていることでしょう。もともと作柄が不安定な作物ですが、それに加えて、今年はあんずの栽培環境にとって非常に厳しい年だったのです。
原因は春先の低温による霜害(そうがい)でした。霜害とは、主に天気の良い春の夜から早朝にかけて、放射冷却により気温が急激に下がることで生じる被害です。全国的に野菜価格が高騰したこの春の信州暦にも「土とともに生きる農山村においては遅霜被害額は台風などの激しい現象を上回ることさえある」と書かれていました。
無事に育ったあんずの実を前にほっとした表情の島田忠明さん
寒さとの闘いを振り返る
取材に応じてくださったのは、JAちくまであんず副部会長を務め、約30アールの畑で4トン、合計4種類のあんずを今期出荷予定の島田忠明(しまだただあき)さん。島田さんは「大事な時期に寒さが来てしまった」と今年の状況を振り返ります。「大事な時期」とは、3月末の花が咲く時期と、実が生る4月末の「幼果(ようか)」の時期を差します。霜害の影響で千曲市森地区の今年の収穫量は、去年と比べる7割と予想されています。
島田さんら森地区のあんず農家は、そんな今年の危機をどう乗り切ったのでしょうか。同席したJAちくまで営農指導員を務める竹内章(たけうちあきら)さんが説明をしてくれました。
JAちくま営農指導員の竹内章さんと
自然の寒さには火の燃える暖かさで
3月下旬の花が咲きはじめる時期と4月下旬の幼果の時期、気温が氷点下になって霜が発生すると見込まれる日は、あんず農家の仕事は夜中の3時ごろからはじまるのです。一反歩(約300坪)の畑のそこかしこに約30本ほどの太い薪に火をつけたものを配置し、あんず畑全体を地面から温めて霜が降りるのを防がなくてはなりません。畑で丸太に炎がつけられると、その側のあんずの木の半分ほどが闇の中で浮きあがり、やがて畑全体が明るくなります。あたりはまるで焚き火をしているような暖かさだったとか。
しかし、火が燃え続けるのは2〜3時間です。霜から畑を守るためには、少なくとも4時間は火を焚き続けなければなりません。島田さんらはまだ地区全体が寝静まる真夜中から朝方にかけて、静かに果実の様子を見守りながら、火を燃やし続けたのです。
この春の寒さとの闘いを物語る丸太の燃え残り
手がかかるけれどやり甲斐がある
また、春先の低温が一際目立った今年は、もうひとつ補助的な方法として、あんずの果実が糖分(トレハロース)を蓄えるのを補う肥料を散布する試みを採用しました。あんずが低温に対抗できる力を補って、あんずの生育を守るのです。
そして無事、収穫の日を迎えるのです。島田さんが口を開きました。
「あんずは手がかかるよ。でも栽培も収穫も短い期間だし、タイミングが難しいことがかえってやりがいにもなるんだよね」
たわわに実って色づく瞬間を待っているあんずの木
あんずの季節は1カ月もありません
さて本日23日、ここ森地区からはどんな種類のあんずが旅立つのでしょうか。
約20種あると言われるあんずのうち、森地区では6種類を主力に栽培しています。それぞれの品種ごと、収穫時期も特徴も少しずつ違います。トップを切るのは平和(へいわ)という品種です。その後、昭和(しょうわ)、人気の品種で栽培が難しく、数も少ない信山丸(しんざんまる)、信州大実(しんしゅうおおみ)、そして生であんずを楽しめるように、と開発されたJAちくまオリジナル品種の「ハーコット」が7月2日から出荷される予定です。これは他の品種に比べ、甘く、すっぱさもありません。そして最後の信月(しんげつ)が出回ると、おおよそ7月中旬までの期間限定のあんずの季節は過ぎてしまいます。あんずの旬は1カ月もないのです。
それに、あんずの敵は収穫中の雨。雨に濡れて水分を含んだ果実は割れやすくなります。実が割れてしまうと売りものにはなりません。したがって、あんず農家は天候によっては大慌てで、時には前倒しで一気に収穫作業を行います。過去には大嵐で全ての実が落ちてしまった苦い経験もありました。6月23日、本日の信州も、ほぼ全域で朝から雨。おそらく今頃、果実の成長と空の様子を伺いながら、あんず農家のみなさんに難しい判断が求められているでしょう。
「あんずの里」森地区のみなさんは、収穫したあんずを毎年ジャムやシロップ漬けにしています。特にシロップ漬けは、各家庭で作り方も味も違うのです。去年漬けたものを味見させて頂きました。市販のものと比べて甘さが程よく、みずみずしくて、絶品でした。あんずのシロップ漬けはやはりホームメイドが一番であることをあらためて確信しました。
あんず農家が1年で一番いそがしい日
本日無事にあんずの出荷を迎える島田さんらあんず農家は、空をにらみつつ、これから2週間弱、大忙しの日々突入します。全国のあんずファンのみなさまに、旬が短いあんずを届けるためです。参考までに、この時期のあんず農家さんの一日をご紹介しましょう。
旬の時期、あんず農家の一日
4時 起床
4時半 あんずの収穫をスタート
7時 休憩・朝食、
その後、出荷のための荷造り
8時 出荷作業
9時 再びあんずの収穫へ
途中、短いお昼休み
19時すぎ 暗くなるまで収穫
20時 夕食休憩、再び翌日分の荷造り
23時 作業終了
あなたのもとに届きますように
あなたがこれを読まれている今も、島田さんをはじめ、森地区のあんず農家はきっとあわただしく準備をしていることでしょう。いよいよ栽培から収穫まで、今年はひときわ手塩にかけたあんずたちが、お出ましです。信州「あんずの里」森地区から採れたてのあんずが、どうか多くのみなさまの元へ届きますように。
参考サイト:
・JAちくま公式ホームページからのあんずを購入する
・JAタウン 全農長野「僕らはおいしい応援団」からのあんずを購入する
関連耳より情報:
*もし長野県千曲市の「あんずの里」に直接足を運べる方は、この機会にぜひ「あんず狩り」をお楽しみください! あんず食べ放題にお土産もついて、お一人様800円から楽しめます。6月23日〜7月10日ごろまで(気候により期間が変更する可能性があります)開催予定。詳しくは千曲市観光協会まで。
・千曲市観光協会ホームページ