結婚式や結納などといった人の人生を決めるような祝いの席では昔から変わらず飲む縁起物のあの「桜湯(さくらゆ)」は、ほのかな桜の香りと優しいピンク色がなんとも魅力的なものです。で、その桜湯に使われる「桜の塩漬け」作業が、今年も下伊那郡松川町のJAみなみ信州生田(いくた)事業所で行われました。
急激な気温の上昇によって花の時期が早まった今年は、桜の開花とともに平年より1週間ほど早い収穫&漬け込みです。4月20日の月曜日から行われた、この南信州の春の風物詩は、10日ほどの5月1日までに漬け込み作業が終了。今年は、霜の影響もあって桜の花の収穫は昨年の約85%に当たる約5t。約半数の2.3tが塩漬けになり、残りの半数は生花で出荷されました。
塩漬けになる桜の花は約60軒の農家が栽培する
南信州は伊那谷の中央にある松川町は、天竜川が町の中央を南北を貫いて流れる、南アルプスのふもとにあります。桜の塩漬けが行われた生田は天竜川の東側にある地域。約60軒の農家でこのための桜の栽培が行われています。かつて各農家に記念樹として配られた桜が、栽培のきっかけになったとも言われています。
4月20日から始まった桜漬けの作業は、夕方3時過ぎに農家から持ち込まれる桜の受け入れからはじまりました。1ケース5kgで毎日90〜140ケースが持ち込まれ、計量後に漬け込み作業へと移ります。
ソメイヨシノではなくヤエザクラ
桜というと代表的なソメイヨシノを思い浮かべる人も多いと思いますが、桜の塩漬けに使われるのは濃いピンク色の八重桜です。「関山(かんざん)」と呼ばれ、八重桜では代表的な品種で、東京の荒川堤や大阪造幣局・桜の通り抜けなどでも見られる大輪で華やかな花です。
漬け込みはまず、梅酢にくぐらせてから行います。花びらが散るのを防ぎ、紅色の梅酢が色彩を鮮やかにするためです。それから250kgの桜に対して塩350kg、梅酢300kgの割合でひとつの大型のコンテナに漬け込み、作業は完了です。
1輪1輪の花は軽くても、大量の漬け込み作業となるとかなりの重労働。塩をまぶす作業ひとつとっても筋トレのような全身運動です。それでも、職員による作業は手際も良く、大型コンテナひとつ分を1時間ほどで漬け込みました。
人生には春が必要です
漬け込み時に花びらが散らず、桜湯にしたときの湯の中での開き方が美しいことから、塩漬けに適した桜は八分咲きの花が選ばれます。農家にとっては摘み取るタイミングが難しいのです。今年のように季節外れの夏日があったり、冷たい雨が降ったりと安定しない陽気だと、機会を逸することもあるそうで、その場合はすべて自宅の"鑑賞用"となってしまいます。
ちなみに、結婚式や結納など人生の一大事の祝いの席で煎茶ではなく「桜湯」を飲むのは、「お茶を濁す」「茶々を入れる」などお茶にまつわるその場を取り繕うような意味の言葉を嫌うことからだとか。それに、桜湯は愛らしい桃色と香りが、誰もを華やいだ気分にもしてくれますから、祝いの席にはぴったりの飲み物です。
また、桜湯以外にも、サクラの塩漬けは桜を使ったお菓子やパンに使われるほか、桜ごはん、ちらし寿司に使ったり、カクテルや焼酎に入れて飲むのも楽しいものです。桜はあなたの心に、どんなときにでも楽しい春を思い起こさせてくれるでしょう。