5月に入り、だんだんと暑い日が続くようになってきました。まさに立夏のこの季節に旬を迎えるシャクヤクの花。
「立てば芍薬(シャクヤク)、座れば牡丹(ボタン)、歩く姿は百合のよう」と美人の表現にも用いられる、美しく存在感のある大輪の花です。
じつはこのシャクヤクは長野県が全国生産量1位の花。そして県内ではJA中野市がその生産量の6割を占めています。つまり日本一の産地なのです!
今回はもうすぐ旬を迎えるシャクヤクの生産現場を、JA中野市の生産者さんに見せていただきました。
まもなく最盛期を迎える生産現場
シャクヤクの旬は5月中旬から6月初頭まで。まさに繁忙期に入る、収穫が始まった畑にお邪魔しました。
今回訪れたのはJA中野市の生産者、田中洸気(こうき)さん。就農2年目、30歳の若手生産者です。

田中さんは14品種のシャクヤクを100aの畑で育てているほか、ケイトウ・ワレモコウ・コギク・ソリダコ・エレムルス・アスターを栽培しています。
収穫の様子。細長い鎌で刈り取っていきます
ココが難しい!収穫のタイミング「切り前」
シャクヤクは消費者が購入してから花開くよう、咲く直前のつぼみの状態で収穫・出荷されます。ただし、つぼみの状態でも収穫が早すぎると「買ったのに花が開かなかった」という事態が発生してしまいます。
消費者が買った後の花開くタイミング=「切り前」を見極めて収穫することが重要だそう。しかも「切り前」は品種によっても、さらに同じ品種の同じ株の花でも違うそうで、一つ一つの状態を見極めなければなりません。
収穫直前のシャクヤク

同じ株から生えているものでも、こんなにつぼみの色合いが違います
JA中野市では「必ず咲くシャクヤク」を目指して、職員と生産者がともに産地として品質の向上に努めています。
開く直前のつぼみ状態で収穫
田中さんにコツをたずねると、「数をこなすしかありません」とのこと。
過酷な脇芽取り
「4月半ばに芽が出で、5月中下旬の収穫まで約20日間、脇芽を取る作業が続きます。この作業がかなりツラいですね」とのこと。
シャクヤクは1株30~40本。1本の茎から5~6個の花がつきますが、残すのは真ん中の1つのみ。そのひとつに養分を集中させるために、残りは摘み取っていきます。
こちらが1株

真ん中のつぼみを残し、脇から伸びるつぼみ(赤丸部分)は摘み取ります
30〜40本×5〜6個×100a分のシャクヤクの脇芽取り…
ハウスの中のものも…(すべてシャクヤクです)
露地も…(すべてシャクヤクです)
「かがんで同じ姿勢でひたすら摘み取っていくので…この作業の後は腕がしびれちゃいますね…」と苦笑する田中さん。広がったシャクヤクの畑を見て、私も思わず震えました。
シャクヤクの寿命って…
花といえば、種をまいて咲くまで育てて咲いたら枯れ、また種をまく…というサイクルをイメージしていましたが、シャクヤクは収穫を終えた後、株は地中に残り、翌年そこから芽を出します。
植えてから5年は株を大きくするため、花を収穫しません。
なんと株の寿命は30~40年!「え!もはや木!」と思わず口走ってしまいました。個人的にものすごく衝撃的でした。

品種ごとこんなに違う!色とりどりのシャクヤク
JA中野市では生産量もさることながら品種も豊富で、60〜70品種のものシャクヤクが育てられています。写真を提供いただいたので、ご紹介します(試験的に花を咲かせた畑ですが、収穫時はつぼみの状態です)。

品種名「華燭(かしょく)の典(てん)」結婚式がぴったりの豪華な雰囲気です
品種名「レッドチャーム」バラのような真紅ですね!

「麒麟丸(きりんまる)」珍しいマーブル模様。いちごミルクのようなカラーリングでJA中野市職員さんイチ推し品種

最近、出荷量が増えているのが黄色のシャクヤクだそうです。こちらの黄色いシャクヤクはボタンとの掛け合わせの品種「インターセクショナルハイブリットシャクヤク」の「バードゼラ」。
ちなみにシャクヤクもボタンも、英語だと「peony(ピオニー)」ですね!
品種名「サラベルナール(サラベル)」


サラベルナールのつぼみから開花までの様子。神秘的で美しい!
個人的に好きなのは、このサラベルナール!フランスの大女優の名前が冠されたロマンチックなシャクヤクです。
アール・ヌーヴォーを代表する画家、ミュシャがサラ・ベルナールのポスターを制作したことで、その地位を不動のものにしました。美しいグラフィックはみなさんも一度は目にしたことがあるかもしれません(私はミュシャが大好きなのです…)。

ミュシャが主演のサラ・ベルナールを描いた「椿姫」のポスター(私物ポストカードより)
共選所を経て、みなさまの元へ

生産者が収穫したシャクヤクは共選所に持ち込まれます。長い箱はすべてシャクヤク。今がまさに繁忙期です!
東京をメインとして、大阪や名古屋、遠くは福岡の市場に出荷され、お花屋さんや小売店に並び、みなさまの手元に届きます。
共選所にて出荷直前のシャクヤク
買ったタイミングでは基本的につぼみの状態であるシャクヤク。JA中野市職員さん直伝の「きちんと咲かせるコツ」は下記のとおり。
・水切りをする
・つぼみについた蜜を取って、つぼみをやさしく揉んであげる
・余分な葉っぱを取る
水切りとは、茎を水中で切り上げること。花が水を吸いやすくなり、開花を促進します。また、茎を斜めに切ると吸水面積が広がり、水を吸いやすくなります。その後は毎日きれいな水に浸けてあげてください。
「喜んでもらいたい」と思いを込めて
就農2年目の田中さんは、以前は佐久市の酒蔵にお勤めだったそうです。気になる就農のきっかけは。
「仕事で酒米を作ることになって、取り組んでいたらやっぱり農業っていいなあって。昔から植物を育てるのが好きだったんですよね。それもあって就農を決めました」

現在の畑は祖父母から受け継いだもので、今も一緒に作業をしています。田中さんが就農しなければ、廃業も考えていたそう。
「買ってくれる人に直接会う機会はなかなかないのですが、やっぱり手に取ってもらった人に喜んでもらいたい、と思って作っています」

ちなみに田中さんが一番好きなシャクヤクは「マキシマ」という品種。「真っ白な花に差し色が入っているのがきれいなんですが、市場ではあまり人気がないみたい(笑)」
シャクヤク以外だと、就農してから初めて栽培した「スターチス」に思い入れがあるとのこと。

田中さんイチ推しの「マキシマ」
まさにシーズンはこれから!普段花を買わない方も、生産者の思いが込められた大輪のシャクヤクを飾ってみてはいかがでしょうか。「立てば芍薬」の麗人が日常を華やかにしてくれるはずですよ。
日本一のシャクヤクの産地、中野市ってどんなところ?
中野市は長野県北部に位置し、長野市からは鉄道で30~40分。市の花としてシャクヤクが指定されています。
また、バラも市の花に指定されおり、さまざまな品種が咲きそろう市内のバラ園「一本木公園」では開花時期に合わせ、毎年5月下旬から6月中旬にかけて「なかのバラまつり」が開催されています。
農産物はぶどうやりんごといった果樹生産が盛んなことに加え、きのこの生産も盛んで、特にエノキタケは日本一の生産量を誇ります。
エノキタケ栽培の様子
ヤクルトスワローズ応援歌「東京音頭」や〈命短し恋せよ乙女〉のフレーズで有名な「ゴンドラの唄」の作曲を手掛けた作曲家・中山晋平の出身地です(伝記映画「シンペイ~歌こそすべて~」が2025年1月に公開されています)。
最近の著名人だと横浜DeNAベイスターズの牧秀悟選手の出身地でもあります(デスターシャ!)
田中さんのイチ推し農産物は「シャインマスカット」と「ふじ」とのこと。果物もおいしいエリアなのです♪
ぜひ足を運んでみてください。