6月下旬に入り、春先に花をつけたくだものが畑で実を膨らませる時期。夏野菜も徐々に旬を迎え、直売所がにぎわう季節になってきました。
さて、この季節、長野県の直売所にほんのひととき現れ、すぐに去ってしまう果物…、そう「あんず」の季節がやってきました。
6月下旬から7月上旬にかけて旬を迎えるあんずは今がまさにピーク。長野県では北信地域の一部(千曲市森地区、長野市松代町周辺)が一大産地です。
今回は産地のひとつ、JAグリーン長野管内の長野市松代町東条を訪ねました。
真田ゆかりの地、史跡の町・松代
長野市松代町は「歴史文化が色づく町」と知られる地であり、農業も過去から営まれており、なかでも「あんず」は、東条地区を中心に栽培が盛ん。「一目十万本」(一目で十万本のあんずの木が見渡せる、の意)といわれる圧巻の景色を誇る千曲市森地区に続く、長野県内有数のあんずの生産量を誇ります。
あんずの花(撮影:松代町東条)
なぜ、この地域があんずの生産地となったのか。
一説には今からおよそ350年前、『松代藩三代目藩主・真田幸道に伊予宇和島藩(現・愛媛県宇和島市)藩主・伊達宗利の娘、豊姫が輿入れの際に故郷をしのんで植えたあんずが広まった』と伝えられています。当時は種子の中にある「杏仁」が、医薬品とて珍重され、松代藩が栽培を奨励しました。
松代町には松代城跡や真田邸、真田宝物館など真田家にまつわる史跡や、勝海舟や坂本龍馬、吉田松陰などに影響を与えた佐久間象山が祀られる象山神社、松代地下壕など、たくさんの史跡があります。
松代西条にある恵明寺(えみょうじ)には豊姫が眠っています。
恵明寺の入口には真田家家紋の六文銭
豊姫の御霊屋
品種いろいろ!たわわに実るあんずの園
今回お邪魔したのは松代町東条の相澤農園。園主の義娘・相澤悦子さんが畑を案内してくれました。
相澤農園は、相澤さんのお義父さんを中心に0.45haの畑で、約150本のあんず、ぶどうやりんごを栽培。相澤さんご本人は農園を手伝いながら、収穫したあんずをはじめとする果物の加工品製造や販売も行っています。
相澤悦子さん。あんずは生食用品種・ハーコット
「あんずには個性があり、それぞれ収穫時期が異なり、生食に向いているもの、加工に向いているもの、さらにおすすめの加工方法も異なります」と相澤さん。
現在、相澤農園で収穫できるあんずは主に5種類。
あんずは収穫前の気温に左右され、特に近年は暑すぎるくらい温暖な気候のため、「収穫のタイミングは急に来るんですよ」とのこと。畑をめぐりながら、品種について教えていただきました。
写真は収穫目前の6月7日と、まさに収穫が始まった6月21日に撮影させていただきました。
約2週間であっという間に色づく様子をご覧ください!
山形三号
「ほどよい甘さの早生種。加工として使われますが、追熟すると酸味が抜け、味が濃厚なので生でも食べられますよ」
収穫時期|6月中旬~下旬
生食おすすめ度|★★★★☆
おすすめの加工方法|ジャム、シロップ漬け
2024年6月7日撮影
山形3号は早生種のため、6月21日には収穫を終えていました。写真は相澤さん提供
新潟大実
「強い酸味と懐かしいあんずの香りが特徴です。梅のように酸っぱいので生食よりもジャムに向いている品種です。クリームチーズと合わせるとおいしいですよ! クラッカーに一緒に乗せておつまみにするのもおすすめです」
収穫時期|6月下旬
生食おすすめ度|★☆☆☆☆
おすすめの加工方法|ジャム、干しあんず
2024年6月7日撮影
2024年6月21日撮影
ハーコット
「抜群に甘い品種です。果汁が多くて完熟したものは食べてるうちに果汁が垂れてくるくらい。追熟して生で食べてください」
収穫時期|6月下旬
生食おすすめ度|★★★★★
おすすめの加工方法|特になし。ぜひ生で!
2024年6月7日撮影
2024年6月21日撮影
信州サワー(長野県オリジナル品種)
「甘さと酸味の強い品種です。ファンが多くて、製菓によく使われます。追熟して生で食べるのもおすすめです」
収穫時期|6月下旬
生食おすすめ度|★★★★☆
おすすめの加工方法|シロップ漬け
2024年6月7日撮影
2024年6月21日撮影
信州大実(長野県オリジナル品種)
「シーズン終盤に採れる、肉厚のあんずです。甘さがヨーグルトにぴったり。追熟して生食もおすすめです」
収穫時期|6月下旬~7月上旬
生食おすすめ度|★★★☆☆
おすすめの加工方法|ジャム
2024年6月7日撮影
2024年6月21日撮影
「あんずの収穫は主にお義父さんがやっています。この時期はぶどうの摘粒作業と被っているので、私はぶどうの作業の方に回っているんです。収穫はあんずの色がわかるくらいに明るくなった早朝と、夕方に分けてやっています。」
もっと知ってほしい!あんずのおいしさ
実は岐阜から嫁いでいらした相澤さん。それまで生のあんずを食べたことがなかったそうですが「生で食べたらすごくおいしかった!」
「こんなにおいしいのに、あんずって全国的に知られてないなって。自分自身も知りませんでしたし」
「おいしいのに知られていないのは、旬が短いからなのかなと思って」。加工品として売れば、このおいしさをより多くの人に知ってもらうきっかけになると考え、9年前から加工品の販売を始めたといいます。
マルシェなどに積極的に出店し「フリマでもなんでも持って行きました。今から考えると、フリマは雰囲気的に場違いだったかも…」と笑います。
「何となく、あんずって若い人が食べるイメージがない気がするんですよ。『アプリコット=あんず』と認識している人も意外と少ない気がします。お菓子やアイス、ジャムなどの加工品をきっかけに、あんずを手に取ってくれる人が増えれば」と、お菓子作りが得意な旦那さんと加工品の開発に取り組んでいます。
相澤さんの販売しているあんずのチーズケーキ。あんずの香りと甘さ、チーズの酸味が超絶マッチ!
「農業全体がそうですが、あんず作りの担い手も高齢化していて、栽培している園地は年々減少しています。若い人にも、ぜひ来てもらいたいし、産地を守るためにあんずを知ってもらえるよう自分たちで動かなくては」と、希少なあんず生産地への思いを話してくれました。
県外からお嫁にやってきて、あんずを守り広める相澤さんは、なんだか豊姫さまみたいだな、と思う筆者でした。
旬が短いあんず。生の果実を味わえる機会は地元でも限られるのが実情ですが、出会えましたら、信州の歴史を感じながら、ぜひ生で味わってみてください!そして旬の時期以外にはぜひ加工品で、1年中楽しんでほしいです。
ほんのひととき姿を見せる、初夏の味覚です