JAみなみ信州管内の豊丘村。長野県南部に位置し、県内では比較的降雪量が少なく、温暖な気候で果樹栽培が盛んな地域です。
そんな豊丘村で肉牛農家を営む唐沢裕輔(からさわ・ゆうすけ)さん、和花奈(わかな)さん夫婦を訪ねました。
裕輔さんと和花奈さん。おそろいのオリジナルワッペンのデザインが素敵です!
祖父母は養蚕を、両親は乳牛農家を営んでいた裕輔さん。自身は肉牛生産に挑戦し、4年前に岐阜から嫁いできた和花奈さんが、そして今年は乳牛を廃業したご両親も合流しました。今年で就農20年になります。
牛とともに過ごす一日
肉牛農家の唐沢さん、どのような一日を過ごすのでしょうか。
「活動するのは朝7時から夜の7時くらいまでです」(裕輔さん、以下同じ)
エサやりは朝昼夕の3回。合間にエサとなる牧草を刈ったり、種をまいたりします。牛の世話は年中途切れることはないので、牧草づくりの時期と重なる夏がもっとも忙しい時期だそう。
牧草といえば干し草のイメージですが…
「エサとなる牧草は発酵させてから与えます。牛の胃の中にいる細菌に合ったものを、観察しながらあげています。菌と相談しながらってイメージですね」
人間でいう腸内細菌みたいなものなのですね!
発酵した牧草を食べる牛
生まれる「前」から出荷まで
唐沢さんのように肉牛を育てて出荷する農家を〈肥育農家〉といい、子牛を繁殖農家から買って育てるのが一般的ですが、唐沢さんの牛舎では生まれる前、つまり交配から出荷まで一貫して行っています。
生まれたばかりの子牛。隣には母牛の姿が。
出産したばかりの母牛は気が荒くなることが多いそう
扱う品種は和牛の一種である黒毛和種。
日本で生産される和牛の9割を占め、柔らかな霜降り(サシ)の入った肉質が特徴。唐沢さんの牛舎では、約30ヵ月肥育し、年間30頭ほど出荷します。
黒毛和種は乳の量が多くないため、人工哺育することも
ずばり、やりがいはなんでしょうか。
「品評会などで評価してもらえるのはもちろんうれしいですが、もっと日常的な部分にあるというか。例えば、あまり触らせてくれなかった子(牛)が触れるようになったとか、体調を崩していた子が持ち直したとか。どんな子牛が生まれてくるかも、いつも楽しみ。そんなささいな部分ですね」
子牛をなでなでする和花奈さん。岐阜から嫁ぐ前は、まったく畜産に関わったことがなかったそう(音量注意)
そんな思いで生まれる前(!)から愛情込めて、2年半かけて育て上げる牛たち。どうしても気になるのが出荷という別れについて。
「無事出荷の日を迎えさせてやるのが仕事なので、悲しさとかはまったくないです。『頼んだぞ!』という気持ちで送り出します」
なでて、話しかけながらエサやり、無事出荷となるその日まで
試行錯誤、その結果は2年越し
出荷までは約30ヵ月、つまり2年半。肉質の良い牛を育てるためには何が必要なのでしょうか。
「やっぱり、いかにたくさんエサを食べさせるかが重要です。でも予想以上に食べないんですよ」
牛といえば、なんとなくよく食べるイメージだったのでこれは意外でした。与えただけ食べるというわけではないようです。
最初は食いつきが良かった飼料でも、
だんだん食べなくなってくることもあるそう
「いかに、たくさん食べさせるか」。そこは技術が必要になってくる部分であり、肉牛農家が一番気を配る部分とのこと。
飼育に悩むと「先輩の農家さんが、どんどん教えてくれる」。
「同業者でライバルでもある立場ですが、そんなことは関係なく情報共有してもらえる。長野県内の畜産を皆で盛り上げようという意識があると思います。他県にはない風潮ですね」
おなかいっぱいになって、満足げにゴロンとする牛
飼料の配合や与える量、タイミングなどなど。試行錯誤が必要となる一方、出荷までの決して短くない期間、飼育方法は「一度決めたやり方は変えない」。
「(飼育期間中に)いろいろ試したくなるんですが、その結果は肉になるまではわからない。いろいろなことをやってしまうと、善し悪しの原因がどこにあるかわからなくなってしまうので、一度自分が決めたやり方は、とにかく信じて変えません」
出荷した牛はせりや品評会で〈枝肉〉となります。枝肉となって初めて飼育の成果が確認できるのです。切り口で肉質を見て、飼育を振り返り、勉強して次の飼育に生かします。
枝肉の切り口。サシの入り方などで飼育方法を振り返るそう。素人目に見ても上質さが伝わります!
唐沢さんの肉牛は「さっぱりした風味」が特徴と評価されるそうです。飼料の配合を工夫し、食べやすい肉にしたいという思いがあります。
南信州から世界へ!
もともとは父の代から乳牛農家でしたが、肉牛農家を唐沢さんが始めました。
「最初は父の後を継いでやっていましたが、だんだん和牛で勝負したいと思い始めて。
田舎からでも全国や世界に向けて自分が作ったものを発信できると思ったんです」
その言葉どおり、現在2割が県内、8割が京都へ出荷され、さらに京都からアメリカなどへ海を越えて輸出されています。
親から離れ、牛舎デビューしたばかりの子牛たち。
2年半後、ここから全国あるいは世界へ旅立つのかも
最後に消費者への思いを話してくださいました。
「ブランド牛といえば松坂牛や飛騨牛で、信州牛はそれより手頃なイメージがあるかと思いますが、品評会で信州牛がそれらに劣ることはなく、常に全国的に上位です。長野県の畜産のレベルが高いことを知っていただいて、ぜひ信州牛を『選んで』買ってほしいですね」
今後は土地を広げ、子牛の放牧を予定しているそうです。また近隣の保育園などの見学も受け入れ「食育の場になってほしい」とも話してくださいました。
「休みがなくて大変そうといわれますが、毎日が日曜日みたいなもの」と夫婦仲良く話してくださいました。
取材した私も楽しい時間をすごさせていただきました。
愛情と工夫と時間を目いっぱいかけて育てる信州牛。なかなか口にできるものではありませんが、特別な日、あるいは何でもない日にも「選んで」味わってみませんか。