ローカル・フードってなんでしょうか? ローカル・フードとはそのまま日本語にすると「地域の食」「地元の食べ物」になります。社団法人農山漁村文化協会(農文協)が発行する月刊誌「現代農業」の2006年2月の増刊号に、愛媛大学法文学部の野崎賢也助教授が「オーガニックからローカルへ! 社会運動化するアメリカのローカル・フード運動」として考察を載せています。それによると「アメリカ版『地産地消』とでもいうべきローカル・フード運動の背景には、グローバル化した産業経済と高度に発達した消費社会、そしてその問題の深刻化があって、この点は現代日本社会を取り巻く状況と相似している」と書かれていて、アメリカのローカル・フード運動を概観しつつ「・・・日本の『地産地消』のようすを見ていると、こうした日本の食と農の現状が何が問題で、それをこうすればよくなるから地産地消を進める、という現状の批判的分析、つまり土台となる出発点が欠けているように思えてならない。」とおっしゃっています。そこで、この記事に触発された当「長野県のおいしい食べ方」マガジンでは、すでに信州の各地ではじまっている食育や地産地消、伝統料理の見直しの動きなどを紹介し、食と農と地域社会のつながりの大切さをお伝えすることにしました。
スローフードのお店「門前農館」
善光寺の門前(長野市大門)にあるJAながのの門前農館(もんぜんのやかた)は、郷土食や農産物を販売する農家の女性たちがきりもりするお店です。スローフードのお店として2002年7月にオープンし、地元の人々に親しまれ、善光寺を訪れた観光客にも好評です。
このお店では、JAながのの女性組織を母体としたおふくろの味の郷土料理を提供する有限会社「さんやそう」と、地元の農産物などを販売する「信濃美人」の2グループが訪れる人をもてなしてくれるのです。古い土蔵をそのまま生かした店舗で、大きなテーブルが真ん中に置かれています。「さんやそう」の社長を務める芳川智恵さんは「以前は小さなテーブルがいくつかありましたが、ひとつの大きなテーブルに替えたら、語らいが生まれました」と話してくれました。スタッフとお客さんが、そして見知らぬお客さん同士が、いつしか自然に会話をかわすようになったのです。「毎日お店に出でたくさんの人と話ができることが何より楽しい」と芳川さんは笑顔で話してくれました。
店の名物は長野の伝統料理のおやき。辛大根、野沢菜ミックス、ニラミックスなど10種類のおやきが並びます。季節によって山菜ののびろや大根葉なども取り入れて、旬の味が楽しめます。材料は地産地消にこだわり、できるだけ仲間が作った野菜を使うようにしています。冷凍ものは使わず、毎朝スタッフが手作りしたものをお店に並べます。太いうどんと野菜などを煮込んだ「ぶっこみ」も人気メニューです。
10年前、輸入農産物が増える中で、農家が作った地元の野菜を消費者に届けたいと、野菜などの直売をはじめたことがきっかけでした。直売は好評でしたが、それでも夏場のナスやキュウリは採れすぎて余ってしまいます。それを漬け物にしたり、おやきにして販売することになり、素朴な伝統の味が地元のファンを増やしていったのです。野菜畑には、生ゴミを堆肥にしてもどすといった活動も行い、女性たちの夢が次々と形になりました。そして、善光寺の門前に店を持つまでになったのです。芳川さんは「地元の農産物を使った素朴なおやきをたくさんの人に知ってもらいたい。本物をつくり続けたい。」と話します。
伝統野菜「山口大根」が復活へ
上田市山口地区の農家らでつくる山口大根の会が昨年、地元原産の伝統野菜「山口大根」を守る活動をはじめました。この会は一昨年発足したばかりで、会長の福澤恵さんを中心に、正会員は地区の農家ら18人。長野大学の学生や消費者の女性グループも活動に参加するほか、上小農業改良普及センターや県野菜花き試験場なども支援・指導団体でスクラムを組んでいます。
「山口大根」は、尻が丸く膨らんでいるのが特徴で、ほどよい辛味と甘みがあり、漬け物やおろしに適します。水分が少なく硬いため、保存もききます。昭和初期までは地区のほとんどの農家が栽培していましたが、だんだんと栽培が減ってしまいました。ほぼ30年ものあいだ、地区の農家、清水作太郎さんがただひとりで採種し、種を守ってきたのです。昨年、会は共同農地で栽培をし、選抜をしました。選抜とは、形状にばらつきがあるため、収穫したダイコンの中から理想的な形状のもの選ぶ作業です。会は昨年11月に初収穫。共同農地で収穫し一次選抜したものと正会員が持ち寄ったもの計600本の中から、300本を選抜。育種を担当する県野菜花き試験場の塚田元尚場長は「来年も同じ作業をし、再来年になると『そろってきたな』と思えるようになってくる」と会員に話しています。同会の福澤恵会長は「地区はリンゴ産地だが、高齢化で栽培が難しい人が増えている。山口大根なら歳をとっても長く栽培できる」と話しています。
また、同会は昨年末の12月に、料理講習・試食会と活動反省会を開き、会員ら関係者約70人が参加しました。料理講習は山口大根の食文化を伝えたり新たな需要を拡大することが目的で、天ぷらなども好評を得ました。地元住民でも山口大根やその食べ方を知らない人が増えているため、まず地元から知ってもらおうと、地区の女性たちも招きました。
福澤会長が山口大根の漬け方を紹介したほか、特定非営利活動法人「信州スローフード協会」の高地清美氏が山口大根の天ぷらや葉を使った菜飯などの講習を行ないました。試食会には、みそ漬けやたまり漬け、ぬか漬け、講習会で作った料理など10点と、会員が打った手打ちそばと山口大根のおろしを参加者全員で試食。「たくあんは昔ながらの味だ」と懐かしがる参加者や、「キムチ漬けもおいしい」と、新しい食べ方に関心を寄せる参加者もいました。水分が非常に少ない山口大根の特性を生かした天ぷらは、「大根の天ぷらなんて考えたこともなかった。甘みが際立って、おいしい」と大好評。活動反省会では、同会事務局の上小農業改良普及センターから、長い間山口大根の栽培を続け種を守ってきた清水作太郎氏に感謝状が贈られました。
今年の栽培に向け福澤会長は「種子の確保ができた。既に注文もあり、本格的な栽培をしたい。りんごと作期が重なるため、りんご栽培者は山口大根の栽培は難しい。りんご農家以外の農家に栽培を呼びかけ、地域の遊休農地も活用して非農家の参加も呼びかけて地域全体で盛りあげていきたい」と話しています。
信州ローカル・フードのいろいろ
山に囲まれた信州は、地域によって気候・風土が異なり、地域でとれる農作物が違うため食生活も地域に差があります。また、県の面積が広く、南北は215キロにもなります。日本の屋根と呼ばれるように、高い山々に囲まれて高低差もあり、これら山々を水源とする川があって、とても変化に富んだ自然環境です。主食による分類では、水田地帯は米型あるいは米麦型ですが、水田の少ない長野市の西部地区や木曽谷では雑穀型の食生活でした。信州で有名なそばやおやき(やきもち)といった食事は、雑穀型の地域の代表的なローカル・フードです。
また、畑の畔を利用したり、麦作の後作として大豆をつくって、昔から農家は自家用の味噌を作ってきました。地域によって豆味噌、こうじ味噌の違いはありましたが、やわらかく煮て潰した大豆を味噌玉にして、1か月近くねかせ、かびをつけたあとに仕込む方法が一般的です。味噌汁にして毎日欠かさず飲むほか、料理の味つけ、弁当のお菜にするなど、味噌は信州の食の大きな柱でした。
また、信州においては、漬け物は年中切らすことなく備える風習があり、夏場のきゅうりやナスの漬け物は全国でもありますが、晩秋に多量の越冬・保存用の漬け物を仕込むのが寒さが厳しい冬場に露地で野菜ができないのが特徴です。
北信地方を中心とした野沢菜がことのほか有名ですが、木曽地方では塩を使わず発酵の風味をもった漬菜や赤い王滝蕪、諏訪のおここと呼ばれた上野大根のたくあん漬けなどそれぞれの地域には特色ある漬け物があります。
そばは山間地でも簡単に栽培でき、栽培期間が短く、収穫後そのまま保存して必要に応じて臼でひいて食べることができる便利な食べ物として信州の各地で作られました。特に、雪が多く麦がつくれない地域では、そばは主食として大切な糧でした。
凍(し)み豆腐、凍み大根、凍りもちといった冬の厳しい寒さを利用した保存食もあります。凍りもちは安曇平や諏訪、佐久地方にわたって厳寒期につくるもちの保存食。熱湯をかけて柔らかくして食べます。病人や乳幼児の食べ物としても重宝でした。
また、海のない信州では、魚は晴れの食事で、日常の動物たんぱくは各家に飼われた鶏やうさぎ、鯉やフナ、タニシといった田んぼの魚貝などから得ていました。養蚕がさかんだった頃は蚕のさなぎ、いなご、ざざ虫などの川虫、蜂の子など昆虫も甘く煮つけて食べました。農閑期になると、イノシシや野兎、キジなど山の鳥獣肉をいただきました。
こうした、地域の風土の中で地場でとれるものを昔ながらの知恵でいただくことの大切さが見直され、最近では遊休農地を活用した雑穀や伝統野菜の復活、伝統食の講習などが広がりをみせています。信州のローカル・フードをめぐる動きは、これからシリーズで掲載しいてきますのでお楽しみに。
参考にした雑誌 農文協刊行『現代農業』2006年2月増刊号
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