木曽蘭桧笠(あららぎひのきがさ)に触れる

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車は道を進めども、景色をさえぎるほどの森林ばかりがどこまでもそびえ立つ木曽の山奥で、脈々と時代を超えて地元のお母さんたちにより、ていねいにていねいに手作りされている伝統工芸品があります。それは、テレビの時代劇のなかでしばしば目にする江戸時代の旅人たちが頭にかぶっていたり、また古い日本の代表的なおとぎ話のひとつ、心の清い老夫婦が雪道で遭遇した道ばたのお地蔵さんたちから恩返しを受ける「笠地蔵」というお話にも登場する、浅い三角錐のやさしいかたちをしたあの「編み笠」なのです。

三百年以上も前から、生活様式がすっかりかわった現在まで、世代を超えてその手作りの笠が作られている県南西部の南木曽町(なぎそまち)は、いわゆる「桧(ヒノキ)」が育つ最適地として国内でも認められている場所で、おもに南木曽町の蘭川(あららぎがわ)流域の地区で桧を用いて作られるその笠は「木曽蘭桧笠(きそあららぎひのきがさ)」と呼ばれています。江戸元禄期には年間に十数万枚も、明治前期にはなんと百万枚近くも生産されていたと言います。

「かぶってみんさい。これは本当にいいもんだから。農作業や釣りにはもってこいよ。もっと多くの人に知って欲しいし、かぶってもらいたいのよ」と話すのは、この土地で生まれ、小学生の頃から笠作りを続け、79歳になる今も現役で笠を作っている三石富子(みついしとみこ)さん。

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木曽の伝統を今に伝える
「子供の頃は、学校が終わって家に帰ってから、この笠を夜なべして作らされたもんだけど、当時は嫌で嫌でね」三石さんは続けます。「でも、お金を稼がないといけなかったから仕方なかったんだわ」と。当時この辺りでは、子供でも家計を支えるためのお手伝いをしなくてはならなかったのです。「だけど今は、このことに感謝してるのよ。手に職があることで、こんなに歳をしても稼ぐことが出来るんだもの。この歳になっても生きがいをもって生活していけることが幸せだよ」

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ヒノキを薄く削って細長く短冊状にした「ヒデ」と呼ばれるものを、縦と横交互に、見る見る美しく組みあげていく三石さんは、1年をとおして、毎日1日の大半を自宅の作業小屋でそうやって笠を編みながら過ごし、1日に3、4個の編み笠を作り上げておられます。そういえば、桧笠は、一枚二枚ではなくて「一芥(カイ)二芥(カイ)」と数をかぞえるのだそうです。

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笠作りの責任と誇り
県の伝統工芸品にも指定されているこの桧笠には、厳しい検査があり、「ちょっとでも出来が良くないと返品になるから、気を抜いて作ることは出来ない」とキッパリ言うその姿に、笠作りに対する責任と誇りが感じられました。

「江戸時代から続く300年の伝統を大切に守っていきたい」そう話してくれた三石さんは地元の伝統工芸品を維持するために行われる笠作りの講習会において、地元の人を対象に桧笠作りを教えてもいます。

モダンなデザイン模様と機能性
軽いうえに通気性と収縮性に優れる桧(ヒノキ)は、乾燥すると収縮し、湿ると膨張するため、「雨が降っても水を通さないし、晴れた日には風通しが良くなるので頭にこもる熱を放出して、また日除けにもなり、特に畑作業や釣りにはオススメ」(三石さん)という一年中使えるとても優れた工芸品。

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そうした理由からでしょうか、どこかの露天風呂にこの笠が置いてあったのを思い出しました。ただし、リンゴ畑などの枝のある所では、枝が笠に引っかかるために不向きだそうです。また本来の使い方ではないのでしょうが、居間のインテリアとしてもなかなかにポスト・モダーンな美術品にもなります。

ヒノキの香りに包まれて
スルスルとあっという間に美しい編み笠を仕上げていく三石さんが座っているその空間は、笠の原材料である桧の清涼な香りに全体がすっぽりと包まれて、とても爽やかな気分。

「ここでこうして桧に触れていると、桧の持つエネルギーをすごく感じるの。香りがいいのはもちろんだけど、なによりも健康でいられる気がする。だから桧に触れながらのこんないい仕事はないって思っているの」と三石さんは言い、「桧の破片を集めて入れた桧風呂に入るのも、とっても気持ちがいいのよ」とニッコリしました。

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蘭桧笠に触れてみてください
機会があれば編み笠をひとつ手にとってみてください。遠い昔から現在に至るまでの幾世代もの桧笠を愛したお母さんたちのやさしさと温もりが感じられでしょう。この笠は、蘭桧笠(あららぎひのきがさ)生産共同組合(電話0264−58−2727)で4月から11月中旬まで(冬季休業)笠作りの様子を見学することや購入することができます。また笠の購入は妻籠宿やJA木曽の妻籠出張所(電話:0264−57−3007)でもできます。

関連するページ:

蘭桧笠公式ウェブサイト

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