体の芯まで凍ってしまいそうな気温の日、部屋のなかでは火にかけられた大きな鍋から湯気がぼうぼうと立ちのぼって、その横でにぎやかに作業をするお母さんたちの姿がありました。彼女たちが行なっていたのは染物です。そしてその主役となるのが、長い年月を経て今はもう実りをもたらさなくなって、通常なら伐採される運命にある「リンゴの木」でした。信州ではリンゴを食べるだけでなく、その樹皮を染料として利用した染物もおこなわれています。
リンゴの木に感謝の気持ちで
そこは、上水内郡飯綱町。県北部の飯綱山・戸隠山・黒姫山・斑尾山・妙高山の北信五岳といわれるそれぞれが独立峰の山々に囲まれ、飯綱町と合併する以前は三水村(さみずむら)と呼ばれて、信州でもおいしいリンゴの産地として今も知られる場所。染物はここに暮らす佐藤アツ子さんを代表とする4名の方々によって「今までたくさんのおいしいリンゴを実らせてくれた木に感謝すると共に、それを最後まで無駄にしないように使わせていただく」という思いで制作されているものです。
「苹果(ピンゴ)染」と呼ばれるこの染物。その名前の由来は、現在信州で作られているリンゴにはシルクロードを通って日本へ持ち込まれたものもあることから、中国語でリンゴをさす「苹果」を用いたことによります。実物を手にとってみれば、自然で素朴な色あいのなかに、心安らぐ温もりがじんわりと伝わってくることを請け合います。
染まり方が季節によって違う
三水村からさらに北東に位置する野沢温泉村で、たまたま見かけたリンゴの染物がこの活動をはじめたきっかけでした。『リンゴでこんなものが作れるんだ』という驚きと同時に、佐藤さんたちが暮らす地域がリンゴの産地であったことから、「わたしたちも身近にリンゴはたくさんあるし、それを活かして作ってみようよ」ということになったのです。当初の80年代半ばは、生食用のリンゴが至る所に溢れていた時代で、ちょうどリンゴの産地である三水村も「リンゴの持つ生食以外の魅力を世間に発信したい」と思っていた頃だったそうです。
リンゴの樹皮を煮出して染めあげられたその仕上がりは、優しい黄色っぽい色をしていますが、季節によっても染まり方が異なり、同じ色には染めあげられないといった自然と共にある染物。ただし「液に漬けっ放しにせず、時々様子を見てムラなく染めあげるのがコツね」と染めの作業をしながら、苹果(ピンゴ)染のポイントを教えてくれました。
ナチュラルな仕上がりで好評
リンゴのほかにも里山やあぜ道に生える笹の葉やよもぎ、萩の葉など、身近にあるものを用いて行われるこの自然な風合いの草木染で「里山の良さをこの苹果染で表現できたらいい」とお母さんたちは温かい笑顔を見せてくれました。
お母さんたちの手が生みだして日々の生活をより色鮮やかに染めあげる苹果染は、ハンカチーフをはじめ、スカーフやマフラーなど、ナチュラルな仕上がりで女性ばかりでなく手にとった男性にも好評です。
活動をはじめて22年、現在は地元の高校生を相手に体験学習の受け入れも行い、地元の文化として苹果染の魅力を伝える活動もおこなっています。県内ばかりでなく東京のイベントにも出掛け、出展した苹果染は注目されて人気ともなりました。
あなたもこの苹果染を手にとれば、きっと懐かしさを覚えるでしょう。この苹果染は、飯綱町さみず農産物直売所「さんちゃん」で購入することができます。
飯綱町さみず農産物直売所「さんちゃん」へのアクセス:
さみず農産物直売所 さんちゃん
住所:長野県上水内郡飯綱町倉井
電話:026−253−0033
*現在は冬季休業中
4月28日(土曜) 午前10時から営業開始
さみず農産物直売所−さんちゃんホームページ