地蜂とりは信州の男子にとっての通過儀礼だ

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長野県の地蜂好きにはたまらない季節がはじまっています。近ごろでは若い世代の蜂追い(英語でいえば「Hornet Boys」)も増えてきているようで、「虫を食べるなんてもってのほか」なんて食わず嫌いをきめこんでいる人は、どうか機会を見つけて是非食べてみてください! 牛や豚の肉食をあまりしなかった時代の人間の主な動物性タンパク質の摂取源は、海があるところでは魚介類であり、海のないところでは蜂の子やイナゴなどの昆虫たちときまっていたのですぞ。

そして今年は、梅雨らしくない好天であったこともあり、信州には地蜂の巣が沢山あるようです。もちろんその影には、親蜂を養殖し、地蜂を増やそうと努力されているみなさんもいるのですが。

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地蜂とり(「スガリ追い」ともいう)とは、夏から秋にかけて、目印の真綿(最近では果物などについているスチロール)にエサであるカエル、川魚、イカ、エビなどをつけて、それを蜂にくわえさせ、オリンピックの優勝者でも敵わないような足取りで、足下がどうなっていようがおかまいなしで、野山で蜂を追いかけたり、蜂の飛んでいる姿を目を皿のようににして追いかけ、その巣を探しあて(スカシ)たりし、老いも若きも男たちが夢中になって、地蜂の巣を発見することをいいます。

巣を獲る時は、煙硝等で燻(いぶ)して蜂の動きを鈍くしてから掘り出し、そして夏の時期に採取した蜂の巣は、自宅などで養殖してから秋に食用にするのです。

地蜂追いは狩猟生活の一部である
「信州人はなんでも食べる」と言われるぐらい、長野県では、古くから日本一の昆虫食の地域としてイナゴ、バッタ、蚕の蛹、カミキリ虫の幼虫、地蜂などをはじめ多くの昆虫を食してきました。大正8年の農商務省農事試験場が実施した調査においても食用17種、薬用18種と、2位の広島県、3位の山梨県にぐんと差をあけている昆虫食王国です。

特に地蜂は昆虫食の代表で、伊那谷・諏訪地方を中心に県内各地で、その巣を捕獲・採取し、食用としています。蜂の子は、土中に何段にも重なった巣をつくるクロスズメバチで、それぞれの村に蜂追い名人が存在し、夏から秋にかけて長野県内を問わず県外までどこまでも足を伸ばして蜂を追います。さらに地域によっては地蜂の愛好会も存在し、親蜂の養殖など育成活動なども行われています。ちなみに伊那市の現市長小坂樫男(おさかかしお)氏の市が公開しているプロフィールには、特技として「地蜂追い」の四字が掲載されています。

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信州人の地蜂好きは、伊那市出身の後藤俊生映画監督の作品で伊那谷を舞台に子どもたちが成長する姿を描いた作品「こむぎいろの天使 すがれ追い(1999)」にも紹介されました。映画ではすがれ追いの名人を田村高廣さんが演じています。

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山国では貴重なタンパク源
クロスズメバチとは、ハチ目スズメバチ科スズメバチ亜科クロスズメバチ属の総称であり、成虫は体長約15mm、とオオスズメバチ(約40mm)と比べ小型で、全身が黒く、白色の横縞模様です。北海道から九州まで幅広く分布し、平地の森林や畑、河川の土手などの土中に巣を作ります(写真)。

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その呼び名も地域によってさまざまであり、スガレ、スガル、スガリ、ドバチ、ジスガレなどが使われています。また中南信においてはキイロスズメバチ、クマバチ、アシナガバチなども食べられています。

蜂の子の販売は、明治時代から行われ、明治末には缶詰として売り出され、当初主な生産地は佐久でしたが中南信に移り、今日では需要を賄うため県外からも移入されています。蜂の子はタンパク質が、100グラムあたりで約17グラムと多く、その他ビタミンA・B1・B2、カルシウム、鉄分なども含んでおり栄養源に富んでいます。

地蜂追いのベテランに同行した
諏訪地方でもスガリ追いは盛んで、記者も30数年ほど地蜂を追い続けているGさんとともに諏訪郡富士見町内でスガリを追いかけてみました。話を聞くと「7月の梅雨明けから8月のお盆過ぎまでに獲った蜂を養殖している。」と既に自宅内の敷地に22個の巣があるのを見せられ、ビックリさせられました。それはまさに蜂のアパート(写真)といった状態です。

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「夏の間は巣が小さく、行動範囲も狭いので餌を仕掛け、蜂追いした方が走る距離が短いので効率的だよ。秋になると行動範囲が広いからスカシが多い」と昭和50年代からのデータ蓄積や長年の勘にもとづいて、Gさんは毎年蜂追い方法を工夫しているのです。今回の具体的な蜂追いの手順は、

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1.前日に町内に何箇所か餌を仕掛けておいた場所に向かい、地蜂を発見する。
2.餌に食いついている地蜂に、スチロールに化繊を結びつけた餌をくわえさせ、その蜂を放ち、巣穴に向かいダッシュ!!
3.巣穴を発見し、成虫を巣の中になるべく留め置いてから、煙硝で燻して、蜂の巣穴にそって土を掘り、蜂の巣をそのまま掘り出す。

結果として今回は2箇所で巣が合計8段(約5cm〜12cm)ほどとれました。

蜂を追うという行為のなかにある魅力
20数年ぶりに自然と一体となった気がして感動させてもらいましたが、Gさんの言葉を借りれば「毎回うまくいくわけではない」となります。Gさんはさらに

「追っていった蜂が巣穴に入る、巣穴を見つける、巣穴を掘る、これらの瞬間の感動は言葉で表せない。そして天敵のキイロスズメバチやオニヤンマなどから巣を守りながら、飼っている地蜂に毎朝鳥レバーやイカを与え、巣への出入りを眺めていると癒される」

と、蜂の子を食べること以上に蜂を追うことそれ自体に大きな魅力があると語っています。

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信州の食文化の豊かさのひとつ
長野県人は蜂の子を食べる機会が多く、子どもの頃からふりかけのようにして喜んで食べているのですが、大人になって気がついてみるとそれはなかなかの高級品で、簡単には手が出ないし、街の人たちのなかにはゲテモノと敬遠する人も多くいることに驚きます。

しかし経験と努力にもとづく蜂追いと蜂の巣いっぱいに詰まった幼虫やさなぎ、成虫を何時間もかけて、つぶさないようにピンセットでそーっとむく(取り出す)作業が涙ものであることを考えれば、それは当然価値のある食べ物に違いなく、砂糖・醤油・酒で煮込んだ蜂の子の味は、病みつきになる最高の食べ物で、本当においしいものです。

同時に、遠い祖先から受け継いでいる多様な食習慣があるということは、信州の食文化の豊かさを証明しており、誇るべきものだと考えます。最近では大町市の大町地蜂愛好会が、蜂の成虫5〜6匹をそのまま焼きこんだ地蜂せんべいも販売しており、スローフードなども叫ばれている中、歴史をこえてきた昆虫食に注目してみるのもいいかもしれません。

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地蜂にまつわるイベント紹介

地蜂の巣コンテスト 伊那市農業公園「みはらしファーム」にて毎秋、重量を競い合う。販売なども行っている。問い合せ先:伊那市役所(電話 0265−78−4111)

全国地蜂サミット 第9回 平成22年 全国地蜂サミット大町(仮称)(長野県大町市 開催予定)

関連情報 :

蜂の子の大和煮の販売先 伊那市「有限会社かねまん」
電話 0265−72−2224 ウェブサイト

*JA上伊那ファーマーズあじ〜な(電話 0265−78−0701)、伊那市の農業公園「みはらしファーム」の農産物直売所「とれたて市場」TEL0265−74−1805でも取り扱っています。

arrow2.gif 映画「こむぎいろの天使―すがれ追い」公式サイト

arrow2.gif 全国地蜂連合会

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