そば・うどん・パン作りなどで使用する「こね鉢」。
こね鉢は、日本の伝統工芸として古くから職人の手によって作られてきましたが、年々職人の数は減少していき、今では日本でただ1人しか職人がいないそうです。
今回は、そんなこね鉢を30年以上作り、木に新しい命を吹き込み続ける日本唯一のこね鉢職人のもとを訪れました。
雄大で美しい山間の里・秋山郷
こね鉢作りは地元の木を切るところから始まる
やってきたのは長野県・新潟県の境にあり、日本の秘境100選の1つとして位置づけられている秋山郷和山集落。標高800メートル以上あるこの土地では、もう既に本格的な冬の季節が到来しており、綺麗な雪景色が見渡せました。
今回、取材したのは秋山郷和山集落で、民宿「雄山荘」を営みながら「こね鉢(秋山こね鉢)」を作っている職人・山田和行さん(65)。手ぬぐいハチマキがトレードマークの山田さんは、こね鉢を作り始めて今年で33年目を迎えます。伐採から仕上げ作業まですべて1人で行っており、年間20個前後のこね鉢を作り上げます。
こね鉢作りはまず、森で木を切るところから始まります。
昔は、木そのものが市場で売られ、良質な木を見極めて購入していたそうですが、現在は、木そのものの市場流通はほぼない状況に加え、国有林は切ることが禁止されているので、集落の判断で伐採が認められている共有林の中で、集落から伐採の許可が下りた木でなければ伐採することはできません。
また、ひびが入っている木はこね鉢には使用できません。
ここでいう"ひび"とは、木の外観にあるものではなく、木を切った時の断片部分に入っているひびのことを指し、ひびの有無は実際に木を切ってみないと分かりません。よって木の選定には、「今までの経験と一定の度胸が必要」と山田さんは話します。
木の伐採が困難な状況にあって、切ってもひびがある木だと使用ができないーー。こね鉢で使用する木の調達は簡単にはいかないんです。
何種類もの道具を使い分け、
長年培った手わざで削りあげる
使用できる良質な木が見つかったら、ひび割れ防止として水の中に漬けます。その後、水から取り出して20日ほど寝かせ、粗削り作業にはいります。
粗削りとは、斧とチェーンソーを使って、ざっくりとこね鉢の形状に切ることをいいます。直径45センチのこね鉢であれば、おおむね2時間程度で作れるのだとか。
粗削りが終わったらいよいよ本削りです。
ハッチョウナ
本削りではまず手斧(ハッチョウナ)で削っていき、掘ったあとを前鉋(まえかんな)で綺麗に整えます。その後、センでこね鉢の円を作り、平鉋(ひらかんな)で外側の形を整え、やすりで全体を綺麗にして完成です。木の軟らかさにもよるそうですが、直径45センチのこね鉢であれば、本削りにはおおむね2、3日はかかるのだとか。
完成したこね鉢
こね鉢作りのこだわりににじみ出る
自然に寄り添う豊かな暮らし
日本唯一のこね鉢職人・山田さんには様々なこだわりが存在します。
1.作業場では明かりをつけない
山田さんの作業場は民宿雄山荘の向いにある小屋の中。自然な光じゃなければいけない理由があるんです。
「自然光でない明かりだと、ミリ単位でのくぼみやズレを発見することができないので美しい円にはなりません。なので、日が暮れればその日のこね鉢作りはもう終了。自宅で日本酒を飲んでますよ(笑)」
2.こね鉢の幅の大きさは長年の経験が生んだオリジナル
直径に対する幅の大きさは特に決まりがなく、職人それぞれによって異なります。
以前は、この集落には20名ほどのこね鉢作りの職人がいたそうですが、当時は「こね鉢の顔(こね鉢を上から見た様子)を見れば誰が作ったか分かったよ」と話します。
山田さんも、一番きれいに見える大きさを長年研究し、ようやく見つけた幅・大きさで作っているそうです。
昔は、秋山郷や埼玉県秩父エリアが主な産地だったというこね鉢ですが、今や職人は山田さんただ一人。「こね鉢を作るために必要な道具屋さんも全国を見渡しても少ない状況で、私は土佐から取り寄せています。(こね鉢作りの)環境は厳しい状況ですが、やれる限りやっていきたいですね」と笑顔で話してくれました。
■問合せ
栄村役場商工観光課 TEL 0269-87-3333