現在長野県で「地域団体商標」として登録されている名称のうち食べ物は三つあり、その一つが「佐久鯉」です。さてさてこの佐久鯉はいつから世に知られるようになったのか、それにどこにでもある鯉と何が違うのか・・・。と、世に聞こえる佐久鯉ブランドのおいしさを確かめに佐久市を訪れました。
佐久鯉発祥の地で出会った半端じゃない古文書
先ず訪れたのは、佐久市岩村田にある佐久ホテルで、創業約600年という気の遠くなるような歴史の宿です。ここ岩村田は中山道六十九次の22番目の宿場として栄え、街道に面した佐久ホテルは当時「郷宿」と呼ばれていました。
お話を伺ったのは当宿19代目!の篠澤(ささざわ)明剛社長です。「このホテルには創業以来、各時代の古文書が残されていて、宿の歴史はかなり詳しくわかっています。その中には鯉料理の記述も含まれていますよ」とのこと。ひと抱えもある箱に古文書がぎっしりと入れられ、その箱がなんと30箱もあるそうです!
篠澤社長から見て手前が江戸時代初期に小諸城主へお出しした献立
室町幕府の将軍からの感謝状だとか、武田信玄を接待した記録だとか、江戸幕府の歴代将軍からの感謝状だとか、明治維新の中心的政治家や近代の文豪たちの記録等々、積み重ねられた歴史の重みにめまいがしてきます。
古文書には鯉料理の記載もあり、今のところ確認されている一番古い佐久鯉料理の記録は江戸時代初期(1648年)に小諸城主にお出しした献立表です。佐久鯉ブランドは昨日今日できたものではないんですね。
生きたままさばいてこそのおいしさ!
260年ものの秘伝のたれで作った極めつきも登場
それではいよいよ絶品の佐久鯉料理に対面しようと、副料理長の常田さんに鯉のあらいとお刺身を目の前で作ってもらいました。常田さんは鯉を扱って12年というキャリア。ホテル管内の池で泳いでいた鯉を網ですくうところから始め、1匹をさばききり、あらいにして盛りつけるまであっという間の手際のよさ。海の魚と違って、鯉は生きているところからさばいてこそおいしい魚なのです。
そぎ切りし、湯にさっと通して冷水で締める
10枚の身を花形に合わせる
「鯉のあらい」できあがり
作りたての鯉料理を早速味見させていただきました。
「鯉こく」・・これぞ定番料理。アツアツの鯉こくは最高です。
「旨煮」・・篠澤社長が一番好きという料理。このトロっとしたコクのあるたれは、何と260年間にわたって注ぎ足されてきた秘伝のもので、この宿でしか味わえません。
「鯉の南蛮漬け」・・さっぱりしていて食べやすく、おつまみにも最高です。
「あらい」・・あれっ、臭みがない! 鯉のあらいはどうしても臭みが残るので、酢味噌で食べるのが一般的ですが、佐久鯉はワサビ醤油がとても合うのです。
「刺身」・・なかなかお目にかかれません。素材の素晴らしさが最高に生きています。
「うろこせんべい」・・カリカリっとして香ばしい不思議な食感です。これは鯉の皮をそぎ、から揚げにしたもの。「鯉は捨てるところがないんです」と若女将の真理子さん。なるほど。
中央の四角い箱が「旨煮」、その右「あらい」、右の椀「鯉こく」、左下「南蛮漬け」
さっぱりとしたおいしいさは生産者の努力で生まれました
佐久養魚場協同組合養魚場。飯田好輝組合長
次にお伺いしたのは佐久養魚場協同組合。10万匹以上の鯉が泳ぐ広大な流水池では、1年で一番忙しい出荷のピークを迎えようとしていました。
「すぐそこを流れている千曲川の水を引いて、毎秒3トンの流水で育ててます」と説明してくれたのは、飯田好輝組合長です。鯉の味に泥臭さが混じるのは、飼育中の餌や糞が植物性プランクトンを大量に発生させ、それによって作り出されたカビが原因なのだそうです。ため池はもちろん、湧水程度の流水ではこれを消し去ることができません。佐久鯉が最高品質のブランドとして愛されるのには、ちゃんとした裏付けがあったんですね。
この養魚場では鯉のほかにシナノユキマス、信州サーモン、ニジマス、イワナも養殖しています。
鯉は水を入れたコンテナに4匹ずつ生きたまま出荷される
佐久鯉はしっかり佐久地域に根差した「文化」でもありました
一概に「食文化」といっても様々な捉え方がありますが、生産と食の結び付き方から見ても、歴史的に見ても、さらに生活への浸透度から見ても、佐久鯉ほど地域に根差した文化はなかなかお目にかかれないのではないでしょうか。
ここ佐久平において、鯉は単なる食材の一つではありません。佐久鯉は、この地方の冠婚葬祭には必ず出される定番料理ですし、もうすぐ訪れる「お歳取り」の料理としてもどの家でも欠かせません。鯉の生産者や鯉料理を出す飲食店の数も他地域に比べ格段に多いだけではなく、食用鯉を個人宅で飼うケースも(近年減少してきたとはいえ)まだまだ散見します。以前、「鯉をさばけなければ佐久ではお嫁に行けなかった」のは実際の話でした。
佐久鯉のおいしさは、当地で文化を感じながら食べてこそより引き立ちます。日本中の皆さんに、一度はここ佐久を訪れていただき、この地で佐久鯉を味わっていただきたいなと心から思いました。(つかはら)
■関連リンク
佐久ホテル
佐久養魚場協同組合