月の都・姨捨(おばすて)。古くから名月の里として知られているこの場所ですが、初めて文献に登場するのは、平安時代に作られた「古今和歌集」で、以降多くの人々を魅了してきました。しかし、人々を魅了したのは月ばかりでなく、この姨捨に広がる棚田もまたそうでした。景観に魅せられこの地を訪れた文人墨客が多くの作品を生み、またそれによって江戸時代、庶民の姨捨人気は善光寺ほどにあったとも伝えられています。
ようやく田植えも終盤を迎えた今、あと少しすれば、針のように細かった稲の苗も太くしっかりとして、また田の水はよく澄み、それはそれは美しい光景が広がります。
1,800枚の田が映す四季折々の美
県北部の千曲市八幡にある姨捨の棚田は、千曲川の左岸、標高460メートルから550メートルの範囲に広がり、面積およそ25ヘクタールの傾斜地に、大小様々な約1,800枚もの田んぼが段々状に広がっています。
春、水が張られた田んぼは凛とした様子で、時には周囲の景色を映しだし、夏には日々生長する青々とした稲の姿が眩しいほど。そして、待望の秋には頭を垂れた稲穂が黄金色の海原となって、冬には冬の風情を醸し出し段々畑に降り積もる雪の階段をつくるなど、四季折々、また朝に夕なにと、様々な表情を見せてくれるのです。
これぞ日本の棚田!
そして、日本の宝!
姨捨の棚田は、日本棚田百選にも認定されていますが、平成22年2月には国の「重要文化的景観」にも選定されました。
また、数々の句が詠まれその碑が立ち並ぶ、月観の名所としても古くから知られる長楽寺一帯と、「田毎(たごと)の月(※)」として有名な、姨捨の中でもっとも古いとされる四十八枚田(しじゅうはちまいだ)の地区、そして、この棚田の地区と、これらを名勝「姨捨(田毎の月)」として、平成11年5月、棚田の中でも全国初の国の名勝に指定されました。
※「田毎の月」は、この四十八枚田の一枚一枚に月が映しだされるものとして描いたとされる
長楽寺
歩いて楽しみ、運動不足も解消
そんな姨捨の棚田には、ウォーキングコースが整備されていますから、ぐるっと一周、距離にして2キロをおよそ1時間ほどで散策できるようになっていて、棚田の様子を間近で見ることができます。ただし標高差はおよそ80メートル。「これくらい、へっちゃら!」と思っていても、いつしか足取りは重くなり、日頃の運動不足を後悔することになる場合もあるかもしれませんが、「姨捨の棚田がちょっと気になっていた」「近くで見てみたかった」という方は、せひ試してみてください。
姨捨の棚田めぐりには、自分の立つ位置や角度によって、違った景色を楽しめる面白さがあります。また、棚田歩きの途中には、姨捨山、正名は冠着山(かむりきやま:標高1,252メートル)が望めます。神代の伝説によれば、「天照大神が隠れた天岩戸を、天手力男命が背負って天翔(あまがけ)てきたところ、美しい峰に心惹かれてひと休みし、冠をつけ直して戸隠へ向かった」とも言われ、姨捨に数ある伝説に思いを馳せながらこの地をめぐるのも、また楽しみを増やしてくれるのではないでしょうか。
冠着山
車窓から眺める棚田と善光寺平
降り立って棚田を歩く時間のない方は、実は車窓からも素晴らしい景色を楽しめます。
姨捨は「日本3大車窓」のひとつにも数えられるほど、見事な景色が車窓から眺められる場所。とはいえ、窓の外の木々などが視界を遮って、ちょっと残念な瞬間もありますが、停車中に駅の展望デッキに降り立てば、長く延びる千曲川と、その昔武田信玄と上杉謙信が「川中島の戦い」を繰り広げた善光寺平、そして姨捨の棚田と、雄大な展望を眼下に望むことができます。
ひと月遅れの端午の節句に合わせて鯉のぼりがたなびく
棚田の夜景を旅の思い出に
さらに、夜景もお見逃しなく。
長野自動車道・姨捨サービスエリアからも眺められる夜景は、新日本三大夜景・夜景100選事務局が選ぶ日本の夜景100選にも選ばれているものです。
「訪れる価値のある駅」全国2位!
電車を利用する人の場合、姨捨の棚田散策の始まりは、姨捨駅から。長野駅からJR篠ノ井線、普通列車で30分ほどのところにあります。標高約550メートルの山の中腹で、40メートル進むごとに1メートル高くなる場所にあるため、スイッチバック式が残る駅として全国的にも珍しい駅とされています(ただし、特急や一部快速電車は停車を行いません)。
また駅舎にも特徴があって、亀型の窓に全体が鶴の形をイメージした大正時代の設計で、昭和9年に完成したもの。日本経済新聞社が企画し2007年に発表された「訪れる価値のある駅」では、全国2位に選ばれるなど、こじんまりとしながらも温かみが感じられる駅なのです(現在は無人駅)。
美しい景観を次世代へ
見事な棚田への開発は、江戸時代中頃以降本格的に行われたそうです。とはいえ、この斜度。現代的に大型機械を入れての作業を行うには耕地が狭いために難しく、また地元農家の高齢化もあり、荒廃地化の問題も懸念されるなか、現在「棚田貸します制度」によって、全国にいる人々に棚田のオーナーになって米づくりをしてもらうほか、体験的に田植えや稲刈りが学べる「体験コース」が用意されています。また、実際この場所での活動ができない人も、ここで収穫された米を買うことで、棚田の保全を支援する「保全コース」もあり、全国各地に暮らす多くの人々によって、この姨捨の棚田は守り、育まれているのです。
広がる空と、その青さ。そして目の前には若々しく青々とした稲。頬を撫でる風は優しく爽やかで、気付けばふと足も止まり、広がる棚田の光景は、私たちの心にすうっと入り込んで、この場所に立つまでの疲れもいつしか忘れ、自然との一体感を感じさせてくれるのです。たかが棚田。けれどそこには私たちの心を釘付けにして、癒してくれる魅力が溢れているのです。
姨捨を巡るには、散策ガイドを手に入れると便利です。屋代駅(千曲市内)や戸倉駅(千曲市内)、姨捨駅や千曲市観光協会などで手に入れてください。
◇あわせて読みたい
・姨捨山伝説「姨捨は高齢者を捨てるところではありません」
◇参考サイト
・千曲市HP
◇お問い合わせ
千曲市観光協会
住所:千曲市上山田温泉2−12−10
電話:026−275−1326