2月中旬、信州中部の松本地方は、朝の気温が氷点下5度を下回る日もあり、ここではまだ春の訪れには少し時間がかかりそうです。この時節、低気圧が日本列島南岸沿いに東へ進むと、長野県の南信や中信地域に雪が降ります。この雪、地元では「上(かみ)雪」と呼びます。湿った大粒の雪で、20〜30センチ積もることもあり、電線が切れたり、場合によっては重みで木が倒れる被害も出ます。
まだまだ厳しい季節ではありますが、それでも農家の作業はすでにはじまっていました。農業従事者の高齢化が指摘される中、それでも農業を一生の仕事にと考える若き新規就農者も、以前に比べたら増えているのが現状です。今回は新たに農家になろうと研修中の矢島めぐみさんを圃場に訪ね、話をうかがいました。矢島さんは、千葉県出身で、今はJA松本ハイランド管内の松本市惣社のブドウを中心に栽培する大村竜平(おおむらりゅうへい)さん宅[圃場は安曇野市三郷地区]で勉強中です。
■長野県の農業に興味を持ち、JA松本ハイランド青年部が行なった「みどりの風プロジェクト」にも参加したそうですが・・・
「農家なのになぜ」の衝撃
「プロジェクトでは、春から冬の初めまでの10カ月ぐらい、ハイランド管内の農家の未婚の男性と応募して集まった未婚の女性が集まり、月1回、マイガーデンと呼ぶ畑で好きな作物を育てたり収穫したりするものでした。友だちと参加したんですが、農業ははじめてでしたし、なんの知識も無く参加しました。一緒に作業した農家の男性に作業工程を聞くと、なにも分からないといわれ、『農家なのになぜ分からないんだろう』と衝撃を受けました」
「後で分かったんですが、農家の人は、実際に自分が行なっている営農に深い知識を持っているんですが、種目が違うと必ずしも知っていて教えてもらえるということではないことが理解できました。ただ、コンバインでの稲刈りのとき、機械で刈り取れないわずかな部分を鎌で刈って脱穀している姿を見て、一粒でもお米を大事にする心を感じました」
自分が無力だったことを痛感
■就農して2年目とのことですが、農業の難しさ、魅力はどんなところですか?
「会社勤めをしていましたが、人間関係の複雑さや気遣いもありましたし、会社では簡単な仕事がかえって複雑化されています。ところが、農業ひとつひとつの作業は単純なことの連続ですが、それが技術がないとこなせない。いかに自分が無力だったかと感じています」
「会社での仕事は、夜になってもパソコンを使ったり電話で連絡したりと区切り無く行なえます。その点農業は、自分の思うようにならないところは大変ですが、夜になれば作業ができないというように自然が仕事の区切りをつけてくれます。それが、人間のからだには一番バランスが取れている状態ではないでしょうか。『これが農業なんだ』と思います」
写真提供:JA松本ハイランド
農業という大事な仕事
■矢島さんが感じる信州や松本の魅力は?
「都会では○○さまと言うように人を呼びますが、ここでは○○さんと元々知り合いだったように話すので、知らない土地に来ても安心感がありました。田舎の魅力ではないでしょうか。東京、大阪といった都会にも近いという点では、生産物を販売するにもいい場所です。非農家の人も農業に関心を持っていてくれるのも心強いです」
「長野県はおいしいものがたくさんとれると実感しています。野菜や米、果樹などいろいろ出来て恵まれた土地で農業ができる喜びを感じています。農業は、おいしい農産物をそれらの少ない地域に届ける大事な仕事です。そうゆう意味では、長野県農業は他県の皆さんのお役に立っていると思いますし、今後もずっとこの役割を担っていかなければいけないと思います」
■今後の目標はなんですか?
「研修生の身ですので、まず農家になることですか。研修のひとつひとつをしっかりこなす中で、独り立ちに向けた準備をしっかり進めていきたいです。先輩方からいろいろとアドバイスをいただいていますが、個々それぞれのスタイルがあると思うので、焦らずに進めていきたいと考えています」
農家としても人としても
「もともとは消費者だったわけですので、その目線で買い心地がプラスアルファでついてくるような売り方が出来ればと思います。おいしい農産物を作ることが出来るようになったら、『あの人から生産物を買ってみたい』というような生産者になれれば素敵です。そのためには、技術だけでなく農家としても人としてもさまざまな工夫をして自分を高めていきたいと考えています」
写真提供:JA松本ハイランド
これから本格的な農繁期に
インタヴューに出かけた日は、中信に上雪の降った翌日でしたが、彼女は雨避けハウスで、冷たい空気のなか、黙々とブドウの枝の誘引作業をしていました。誘引作業とはひも等でぶどうの枝をたな全体に万遍なくバランスのよい配置で固定(結束)する作業です。そうすることで枝が風にあおられて折れないようにする目的もあります。そしてこの作業がはじまると、ブドウ農家はいよいよ根気の要る農繁期に入るのです。
新しい農業後継者が生まれるのもそう遠くない日かもしれません。
新しい季節の到来と共に信州農業に新しい力が注がれることを祈ります。そして彼女が信州で4年目の春を迎える頃に可能ならもう一度話を聞いてみたいと強く思いました。
関連サイト:
・JA松本ハイランド青年部ホームページ