ここの箸はすべて木曾の木から生まれてくる

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「我らにおいては4歳児でも、まだ自分の手では食べることができないが、日本の子供は3歳で箸を使って食べている」
              宣教師 ルイス・フロイス(1532−1596)の記述


飲食店などに入って気づくのは、以前はほとんどのところで出されていた割り箸が、ここ数年前から洗って使いまわしが出来るタイプの箸に替わって出てきたり、また箸を持参した人には食事代のサービスが受けられる店もあるなど、箸にもまたエコや安全性を考えた取り組みがされてきていることです。わたしたちにはなくてはならない食器のひとつ箸。箸は古来より、片方の端は神様のもの、またもう片方の端は人のものとされ、人と神さまを結ぶ縁起物とされてきました。

長野県内において箸の生産が盛んなのは、県南西部の木曽地方。ここは93%もの面積が森林で占められている緑豊かな地域です。木地師(きじし)と呼ばれる職人さんが、箸はもちろんのこと家具、樽や風呂桶、お盆に椀、面桶(めんぱ=木製の弁当箱)、櫛などの工芸品まで様々なものを地元の山で伐採された木を使用して作っています。というのも、もともとここが森林が生長するのに適した場所で、昔からヒノキをはじめとする良質な木材が多く育っていたからです。

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木曽の木々が今ある理由
すでに西日本などでは天然のヒノキが数少なくなっていた当時、この木曽ヒノキをめぐり豊臣秀吉はじめ、以降徳川家康、徳川御三家のひとつである尾張藩が、江戸初期までの100年間にわたって木曽ヒノキの大部分を伐採し、大阪城や聚楽第、伏見城、江戸城、駿府城、名古屋城や多くの社寺仏閣などの建設に使ってきたといいます。

その後は尾張藩がこの貴重な森林を守るべく、ヒノキをはじめこれに似た樹木のサワラ、コウヤマキ(高野槙)、ネズコ、アスナロといった5木(これを"木曽5木"と呼ぶ)に対して伐採禁止令を出し、"木一本、首ひとつ"と言われるぐらい大変厳しい取り締まりを行うのと同時に、指定の保護森林地域への入山も禁止するなどした結果、現在の日本3大美林のひとつに数えられる木曽ヒノキをはじめ、木曽の木々が今に存在しています。

現在木曽谷においてその姿を見ることができるのが、標高1,000〜1,500メートルに位置する上松町の赤沢自然休養林。ここには天然ヒノキをはじめとする樹齢300年程の巨木が今なお存在します。

そんな木とのかかわりが深いこの土地で、私たちにとってもっとも身近な道具の1つの"箸"が完成されるまでを辿ってみました。

 

箸ができあがるまで

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丸太を裁断 製材所に運び込まれた山から伐採された木は、直径30センチほどで樹齢80〜100年ほどの間伐材。ここで建材用などとして必要な寸法に大型機械で裁断されていきますが、この時に出た端材などから箸が作られます。そして敷地いっぱいに多くの木が集まる製材所は、清々しい木の良い香りが充満していました。

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乾燥 裁断された端材はたくさんの水分を含むため、すぐには加工できません。変形しないようによく乾燥させることが必要です。しかしヒノキは抗菌作用があるためカビが生える心配はないそうです。

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加工 乾燥させた木を箸の形に裁断していきます。その作業は"木地(きじ)づくり"というそうですが、機械で太さや長さなどを一定の形に裁断後、必要なものは鉋で削ります。さらに職人の手によって一本一本丁寧に表面にヤスリをかけて磨きあげ、手触りを良くして箸の形が完成です。ここで見つけた五角形の箸は"五角"と"合格"を掛けあわせて人気の箸だそうです。

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漆塗り 漆は英語でそのまま「JAPAN」といわれるように、日本を代表するもの。天然の漆が採れる木曽地域では昔から漆を塗ったモノづくりが盛んで、"木曽漆器"という言葉をご存知の方も多いはず。漆科の植物から採取した樹液は、光沢があるばかりでなく熱にも強く、さらに防水性や防腐性をも持ち合わせた優れた塗料で、また接着剤の役割もあります。生の漆は乳白色をしていますが、空気に触れることによって焦げ茶色へと変化をし、塗っては乾かしを繰り返すことによって、だんだんと箸の色が濃くなっていきます。箸に漆を塗る作業は、塗っては乾かし、また塗ってはペーパーで磨いて、再度塗って乾かしと、およそ10回弱の漆を塗る工程があるそうですが、1日1回の塗りの作業で、塗り1回に対し乾燥は2〜3日程度かかりますので、塗りにかかる全工程だけで有に20日ほどを要し、いよいよ箸は完成を迎えます。

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よい箸は食事をおいしくする
たかが細い箸といえども、地元の山から切り出され天然の漆が塗られた木の箸は、多くの人の手を渡り、また多くの時間を費やして作られているものでした。昔から"使う人の魂が宿る"といわれた箸、日本ではこの箸から、「迷い箸」「刺し箸」「寄せ箸」「洗い箸」「拝み箸」「かき箸」「かみ箸」「直箸(ぢかばし)」など食事の箸使いのマナーでタブーとされる数々の言葉が生まれ、それは同時に食べ物への感謝する気持ちを再認識させてくれるなど、食べ物を口に運ぶための道具とはいえ箸は奥深いものです。

日本が独自に育んできた素晴らしい文化のこの箸で、これからも仲良く箸と係わりながら、毎日の食事を味わい楽しんでいきたいものですね。

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