自然を讃え野生を頂くジビエのおいしい世界

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シカやイノシシなどの野生鳥獣による農作物被害は年間200億円にも上る状況です。人と鳥獣の棲み分けが重要ですが、そのためには、防止柵の設置など、被害の防除と藪などを刈り払うなどの生息環境の整備をすること、特定鳥獣保護管理計画や狩猟による捕獲の個体数管理がどうしても必要になります。

狩猟による「捕獲」は、有害鳥獣の数の調整として必要な方法ですが、更に捕獲した鳥獣をありがたく頂くことで有効に活用しようと、シカを調理してジビエ料理(gibier)として地域おこしなどに役立てるためのセミナーが行われましたので、その取り組みをお伝えします。

ジビエという言葉はあまり馴染がないかと思われますが、狩猟による野生の鳥獣肉を呼ぶフランス料理の用語です。仕留められた鳥獣をむだにすることなく適切に処理し、調理しておいしくいただく。今後はこうした取組が里山を守ることになるかもしれません。

hujikishehu.jpg全国の鳥獣害で悩む地域の猟師さんやレストラン経営者、農家の方々が参加し、東京都内で、長野県中部の茅野市で「オーベルジュ エスポワール」というフレンチレストランを経営するシェフ藤木徳彦さん(写真)が、シカの解体から調理方法のコツまでを、さらに同じく県南部の大鹿村にある湯元山塩館専務の平瀬定雄さんがジビエを使った産業化への挑戦について講演され、またジビエ弁当の取り組みや農水省の鳥獣害対策についても報告がありました。

生き物を頂いているという感覚
牛や豚、鶏などを口にする時、その牛や豚、鶏などが生き物であったことを自覚して口に入れている人がどれくらいいるでしょうか。本来人がものを食べると言うことは、それが何であれ「生命」を食べることです。我々は生命を食べて生命を長らえさせています。農業や漁業の第一次産業が他の産業と決定的に異なるところは、生命を相手におこなうものであるところです。

当日、セミナーの会場には「死んだシカ」が机の上に横たわっていました。直前まで野山を駆け回っていたであろうシカです。それはまさしく生物(いきもの)という印象でした。やがてそれが、シェフの手によって首を落とされ、足からお腹の方へ皮を剥がれ、もも(後足)やロースなど各部位に分けられていくと、ある瞬間「食肉」に変わります。

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骨や体の構造を知り解体すること
シェフの手つきが鮮やかだったせいなのか、だんだんと引き込まれじっと見入りました。重要なのは、骨などの体の構造をよく知ること、レストランやホテルなどで料理人が使いやすい形に部位を分けることが大切だと、説明がありましたが、前足が人間の骨盤のように本体と骨でつながっていないことには驚きました。シカは食肉として特にもも肉やロースの部位が人気があるのですが、その他の部位でも内臓はもちろん、くず肉や骨も出汁をとるのに使えたりと、調理の仕方で捨てる部分はほとんどなくなります。生命を頂くからには、当然の話かもしれません。かつての狩猟民族は毛皮から骨から角まですべてを、食べられない部位は様々な道具に加工して生活のなかで使いきりました。

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明治以前、古代から仏教国だった日本国でただ1箇所、獣肉を食すことが認められていた信濃国では、諏訪地方の諏訪大社が「鹿食免(かじきめん)」という護符を発行していました。「慈悲と殺生の両立」という教えにもとづき、古くから尊い生命と自然の恵みに感謝して食べる、鹿肉食文化が培われてきたのです。このためか信州では昔から狩猟をする地域や家族で刺身やなべ物にしてシカ肉を食べられていましたが、いまだにシカ肉は臭いが強く、パサついたイメージを持つ方が多いようです。日本では平成15年に兵庫県で野生のシカ肉を生で食べた方がE型肝炎を発症したことをきっかけに、現在ではシカの肉は加熱処理することが求められるようになりました。

シカ肉はおいしくてヘルシー
ところでシカ肉ですが、牛肉や豚肉に比べ脂肪分が1/80でカロリーが約1/3から1/4となっていてとてもヘルシーですし、タンパク質の割合が1.5倍から2倍と多く、機能性に優れた食肉と言われています。脂肪分が少ないため、強い火で焼いてしまうとすぐに縮んでしまうのですが、調理方法によってとてもおいしくいただけます。例えばフランス料理の調理法のひとつである「アロゼ」という調理方法で、調理過程で出た煮汁や脂を素材に回し掛けて焼く技法があります。

あまり熱していないフライパンにバターを溶かし、肉を入れてもジューと音がしない程度の弱火でじっくりと汁を回し掛けて10分ほど焼くと完成し、独特の風味を残したまま、軟らかくジューシーに食べることができます。牛脂を使えば牛肉と間違えるくらいになるそうです。また、調理の知識として肉の中心温度を測る方法を教えていただきました。金串を2、3秒肉に刺し、それを下唇に当てて熱いと感じれば中まで火が通っている合図だそうです。これはあくまでも慣習ですが、お肉料理の参考にしてください。

藤木さんは師匠からの教えとして「食材に感謝すること、食材の全てをお皿に表現すること」と話されていましたが、内臓や骨を使ってソースを作るなど、使える部位を全て使いきり、捨てる部位を少なくすることを大切にしているそうです。

当日試食として出されたのメニューは3品でした。まず、「シカ肉のロティ ジビエソース」ですが、先ほどの「アロゼ」で焼かれたロース肉のロティはしっとりとした味わいで、ソースも濃厚でした。「シカ肉のサラミ」は人気のあるももやロース以外の内臓や筋肉を使ったサラミです。「シカ肉のテリーヌ」はフランスの一般的なオードブルで、すね肉や前足などを挽肉にして使用していました。

信州フレンチの高級食材に
これら3品で、いろいろな部位を使う料理を紹介していただけました。今後産業としていくためにはロスを少なくすることが大切であるとの考えによるものですが、それぞれ、独特の風味があっておいしく頂けました。さらにこの日はJRの東京駅で販売するシカ尽くしのお弁当もいただきました。「信州職材 フレンチBOX 信州ジビエ 鹿尽くし」という絶品弁当で、シカ肉を使ったハンバーグやテリーヌ、シチューなど盛りだくさんでした。現在のところあまり数量を多く販売していないようですが、機会あれば是非お試しください。

gibier.jpg野生鳥獣が多い中山間地域では、農作物や山林に被害を与える有害鳥獣を捕獲してジビエとして料理で提供することが、一石二鳥となるかもしれません。山肉やジビエと聞くとなんとなくクセのあるものを想像されるかもしれませんが、フランスでは冬に備えて体に栄養を蓄えた旬のジビエ料理は高級な料理として、外国の要人を迎えたりするときには欠かせない料理なのです。美味しい料理を食べることが、里山を保全することにつながる。ただ駆除するのではなく、無駄なく尊い命を頂くこと、それこそが諏訪大社の精神にものっとることであり、新しい日本の里山にむかう道であるのかもしれません。


参考サイト:

 ・長野県による信州ジビエ 紹介ページ

 ・大鹿村の大鹿ジビエ 紹介ページ

 ・オーベルジュ エスポワールの信州ジビエ 紹介ページ

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