生態系に思いを馳せる八島湿原学習ツアー

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いま、鹿が日本の農業に大きな影響を与えています。群れで畑にやってきて、農作物を食べてしまうなどの被害が出ているのです。見た目はかわいらしいのですが、現在は増えすぎて農家の生計を脅かすほどの存在。「おいしい食べ方」でも農作物への鳥獣害やジビエ料理については何度かお伝えしてきましたが、実は自然林への悪影響もあるんです。今回は、そんな鹿の食害について学ぶため、信州のほぼ中央に位置する霧ヶ峰高原の八島湿原(やしましつげん)で開かれた学習ツアーに参加してきました。

※ジビエ(仏:gibier)とは、狩猟によって捕獲された鳥獣肉のこと。主にフランス料理で高級食材として使われる。

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日本有数の高層湿原・八島湿原
八島湿原は、霧ヶ峰高原の北西部に位置する湿原で、1939(昭和14)年に国の天然記念物の指定を受けました。水面よりも堆積物の層(泥炭層)が高い位置にある"高層湿原"の中でも日本最南端に位置するため、学術的にとても貴重なんだそうです。霧ヶ峰の噴火でできた池に、涼しい気候のおかげで腐らずにミズゴケや植物が堆積し続けること約1万2千年。今ではその泥炭層が厚さ8mにも達しているのだとか。約43ヘクタール(東京ドーム約9個分)の湿原にニッコウキスゲなどたくさんの種類の植物が生息しています。上空から八島湿原を見下ろすと、ハートの形に見えることから、最近では恋人の聖地としても人気があるということです。

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狩人と歩く八島湿原の食害体験ツアー
そんな八島湿原で鹿の食害について教えてくれたのは、諏訪猟友会の会長を務める竹内清さん(64歳)。狩猟を始めて34年というベテランの猟師さんです。しとめた鹿や猪の命を無駄にしないよう、下諏訪町で自ら解体場とレストラン「旬野(しゅんや)」も経営し、ジビエ料理の腕をふるう、鹿を知り尽くしたマルチプレイヤーでもあります。

霧ヶ峰エコツアー「狩人竹内清さんと歩く 秋の八島湿原・観音沢」が開かれたのは、10月14日のよく晴れた日曜日でした。秋の八島湿原を散策するにはもってこいです。秋色に染まったハート形の湿原の広がりはなんとも壮大で、青い空と白い雲とのコントラストが本当に気持ちよく、散策している人も、の〜んびりと景色や草花を楽しんでいました。

しかし今回ツアーに参加した約20名は、通常の散策とはちょっと違った視点で自然を見ることになりました。八島ビジターセンターに集合したメンバーは、一旦八島湿原から離れ、林沿いの道へ向かいます。と、そこには金網で作られた柵が。この柵は、貴重な自然が残る湿原内に鹿が入るのを防ぐために作られたそうです。扉を開けて外に出た際は、ちゃんと閉めておきましょう。

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増えすぎた鹿が及ぼす、さまざまな影響
鹿が増え続けている理由はいくつか考えられていますが、林業の衰退で山林に人の手が入らなくなったことや、以前絶滅しかけた時に保護しすぎたことなどが挙げられます。正確な頭数はわかりませんが、霧ヶ峰で今年の5〜7月に行われた出現状況調査では、昨年の約2倍の鹿を確認したようで、確実に頭数が増えているのが分かります。頭数が増えたことで、餌を求めて餌場を広げたり、それまでは食べていなかったものを食べ始めるようになり、自然への影響が出てきているのです。

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その一つがこちら。八島湿原近くの森林では、ぐるりと幹の皮を剥がれたモミやトウヒといった樹木が目立ちます。そうです、鹿が木の皮を剥いで食べてしまったのです。もともと鹿には木の皮を食べる習性はないとのことですが、増えすぎて餌が少なくなった鹿は、木の皮が食べられると知るやいなや、群れで木の皮を食べ始めてしまい、今ではこのような森林になってしまいました。木は皮の部分で根から吸いとった養分を枝・葉まで引き上げます。そのためぐるりと皮を剥がれてしまった木は、枝まで養分が届かなくなり枯れるのを待つのみ。竹内さんは、「この森も、あと数年で木がほとんど枯れてしまう」と寂しそうでした。

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森の中を進んでいくと、草がえぐられている個所を見つけました。「これは鹿が寝床を作ろうとした跡だよ。鹿は体温が高い動物で、冷えた地面が好きだから表面の草をえぐり取ってしまうんだ」と竹内さん。近くには鹿の足跡もたくさん残っており、笹が踏みつけられた跡が獣道の存在をはっきりと示しています。竹内さんは、足跡などから鹿の習性を見極め、鹿が通った痕跡がある場所などを見つけては罠を仕掛けて捕獲するのだとか。その判断が達人の技のひとつなんですね。

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鹿・猪肉カレーで「命をいただく」
ツアーのお昼は、竹内さんお手製の鹿・猪肉カレー!!o(*^▽^*)o
獣臭が強いと思われている鹿肉・猪肉ですが、ヨーロッパを中心に昔からジビエは欠かせない食材であり、フランス料理では高級品として扱われています。そう、名人が上手に調理すればとてもおいしい食材なんです。野山を駆け巡り、自然の恵みを食べている獣ならではの、引き締まって脂肪が少なく栄養価の高いヘルシーな鹿肉と猪肉。自ら狩猟・解体・調理まで行い、時にはジビエ料理の講師まで務める竹内さんの手にかかれば、おいしくないはずありません。

絶品カレーに舌鼓を打ったあとで竹内さんが取り出しましたのは...、鹿の頭蓋骨。このツアーのためにきれいに肉を削いで処理してくれたとのこと。なんでも下あごの骨まできれいに残すのは難しいらしく、ツアー後は八島ビジターセンターに標本として飾られるのだとか。来年行けば見ることができるかもしれませんよ。

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そしてその後の竹内さんの一言に、わー!びっくり。
「昨日しとめたんだけど、こいつの肉が皆さんのお腹の中に入ってるんですよ」

え、何、そういうこと?カレーになった彼?
全員ちょっと戸惑いながらも、命をいただくということがどういうことなのか、改めて心で(胃で)感じた瞬間でした。

竹内さんは言います。
「鹿が増えすぎたのは間違いなく人間が原因。だから、人間が勝手に殺しちゃうのは可哀そうって考えも良いと思うんだ。でも、決してすべてを保護することが、共存していくことにはならなくて、森林の被害を見てもらったように、生態系に悪影響がすごく出てしまう。そこで、共生・共栄するために崩れたバランスを良くしようという取り組みのひとつが駆除なんだよ。でも、害を及ぼす獣をただ殺すだけじゃなくて、しとめた獣は山の恵みとして感謝しながら、おいしくいただくのがいいんじゃないかって思うんだ」

ただ鹿の食害の悲惨さを訴えるだけでは、被害を実感している当事者以外の理解を得るのは難しいかもしれません。しかし、命をできるだけ無駄にしないためにジビエとして活用していこうという想いと、おいしく調理できるノウハウがあれば、鳥獣害対策・ジビエ料理への理解も広がっていくのではないでしょうか。竹内さんが言うように、いろいろな考え方があって当然ですが、本当に動物たちと共生するとはどういうことなのかを、一人ひとりが考えてみることが大切なのだ、と思うきっかけをいただいた学習ツアーでした。

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八島ビジターセンターでは、インタープリター(自然解説員)が案内してくれるガイドウォークをはじめ、今回のツアーのようなイベントも定期的に行っています。残念ながら今年は11月10日から冬季閉館してしまいますが、来年の4月末に再開します。雄大な自然に触れ、さまざまな動植物に出会うことができる霧ヶ峰高原に、ぜひお越しください。

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・霧ヶ峰高原 八島ビジターセンター
 開館期間 4月29日〜11月10日(期間中無休)
 開館時間 午前9時30分〜午後4時30分
 入館無料
 住所 〒393-0000 長野県諏訪郡下諏訪町八島湿原10618
 Tel & Fax 0266-52-7000
 ウェブサイト
 ブログ

竹内さんのレストラン「旬野(しゅんや)」は4人以上の完全予約制。竹内さんが仕留め、腕をふるったジビエ料理のディナーコースは、3500円〜となっています。詳しくはお問い合わせください。

・山肉料理 旬野
住所:下諏訪町東町上949-1
電話:0266-28-4129(店舗)、0266-27-9569(解体場)
Fax :0266-28-9636

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参考リンク
日本ジビエ振興協議会
長野県のおいしい食べ方「自然を讃え野生を頂くジビエのおいしい世界」
長野県信州ジビエ情報ページ

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