特別対談「僕らが農家になった理由」 ― 元プロサッカー選手が語り合う、農業という新たな可能性 ―


信濃毎日新聞 10月15日に掲載した特別対談企画。長野県内で農業を営む元プロサッカー選手の対談を、当ブログの読者にもご覧いただきたく再掲します。

スポーツ界から農業界へ。一見まったく異なる世界の共通点など、セカンドキャリアとし
ての農業について語っていただきました。

*掲載紙面はこちら!紙面 レイアウトでもぜひご覧ください!

 

求む!日本の食を支える新しい力
セカンドキャリアとして農業がアツい?!

僕らが農家になった理由。
― 元プロサッカー選手が語り合う
 農業という新たな可能性 ―

なぜサッカーというまったく異なる世界から、農業というフィールドに飛び込んだのか——。現役引退後、農家としての道を歩む元アスリートのおふたりに、セカンドキャリアとしての農業の魅力、 農業の可能性、今後の展望などを、ざっくばらんに語っていただきました。

【対談参加者】

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元松本山雅FC  寛之氏たかき・ひろゆき)
1986年、茨城県結城郡八千代町出身。2016年から2020年まで松本山雅FCに在籍し、ストライカーとしてチームをけん引。移籍直後の2016年および2017年には得点王に輝き、クラブのJ1昇格に大きく貢献。その後、FC岐阜、ベトナムのサイゴンFCに在籍し、2022年に引退。現在は長野県山形村で農業に取り組む傍ら、出身地である茨城県八千代町の観光大使としても活躍している。

 

 

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元AC長野パルセイロ 大橋 良隆氏(おおはし ・よしたか)
1983年、埼玉県浦和市出身。2009年からAC長野パルセイロでミッドフィールダーとして活躍。2015年現役引退後はスクールコーチ、スタッフとしてクラブに尽力した後、2022年から農業の道へ。現在は長野県篠ノ井高校サッカー部の外部コーチも務め、次世代育成にも力を注ぐ。

 


なぜ農家に?転身のきかっけと決断

大橋 これまで農業とはまったく無縁の人生。きっかけをくれたのは、パルセイロのスポンサーだったJAグリーン長野さんでした。一緒に「パルセイロ農園」を企画運営するなかで、徐々に農業に興味が湧いてきました。他県出身の僕には、長野県の野菜や果物のおいしさが衝撃的だったんですよね。こんなにいいものが作れる土地なら、自分も生産者側になってみたいと思うようになって。2022年8月にクラブを辞めて、妻の実家がある長野市若穂で桃農家としてスタートしました。

高崎 僕も引退したのは、大橋さんと同じ2022年。でも次のキャリアを決めて辞めたわけじゃないから、次の日からまったくやることがなかったんです(笑)。そんな時、行きつけのイタリアンレストランで出してもらったのが、いま自分が栽培している白ヒラタケ(信州プルロット)。あまりのおいしさに感動したんですけど、オーナーから「そのきのこを唯一生産している人が体を壊しちゃって、もう手に入らないかも」と聞き、翌日すぐにその生産者さんへ電話し、次の日には山形村にある工場へ。会ったその場で「僕に継がせてください」とお願いし、工場ごと譲ってもらって、その日から、いきなり白ヒラタケ農家になりました。

大橋 えっ!? 急展開すぎない?

高崎 当時は本当にやることがなかったのと、あまりにおいしかったので「これは自分が残さないといけない」と即断即決でしたね。白ヒラタケだけでは収入が不安定になりがちなので、今は山形村の特産であるスイカと長芋も栽培しています。

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農家として育ててくれたのは「地域」と「つながり」

大橋 始めたのはいいけれど、当然最初はわからないことだらけ。義父に聞いたり、立派な畑を見かけたら、そこで作業されている農家さんに飛び込みで話しかけたり。共選所ではレベルの高い桃を持ってくる農家さんを質問攻めにしたこともありました。でも、みなさん嫌な顔せず、知識を惜しみなく分けてくれるんですよ。地域の人たちが自分を育ててくれました。それに、すぐ身近に栽培ノウハウ含め資材や肥料など農業に関することなら何でも相談できるJAさんという組織があることも心強かったです。

高崎JAさんでいうと、何といっても「共選」という販売のネットワークがあるのは強いですよね。白ヒラタケは取り扱いがないので、販路開拓から販売まで全部自分でやりますけど、とても大変。スイカと長芋は半分以上JAさんに出しています。

*共選とは…複数の農家が収穫した農産物を一か所にまとめて、大きさや色、糖度などに合わせて選別し、市場に出荷する方式

大橋 それはある!作物は「待ったなし」だからね。旬を逃すわけにはいかないから収穫が最優先。収穫期は販売まで手が回らないので、共選があるのは本当にありがたい。

高崎 僕はJA青年部にも参加していますが、農家同士の交流はもちろん、地元のお祭りやイベントに参加したりして、地域の方々と接点がもてるのがうれいしいですね。山形村は松本山雅のサポーターさんが多いので、地域ぐるみで見守ってもらっている感じがします。

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サッカーと農業の共通点 ‎ 

高崎 サッカーも農業も正直、体力勝負な部分はある(苦笑)

大橋 それは間違いないね。

高崎 あとは「日々の積み重ねがすべて」というのも一緒ですね。選手時代も基本は、しっかり練習してケアして食べて寝て、という日々のサイクルを、いかに手を抜かずにやるかで結果が決まるので。

大橋 アスリートも農業も、1年1年が勝負。いいプレーをすれば観客のみなさんが喜んでくれるし、年俸が上がるのと同じで、手をかけて良いものができれば消費者の「おいしい!」という声が返ってくる。努力は報われるし、やり方次第ではしっかり稼げる。アスリートの気質には合っているんじゃないかな。

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若い人が農業に「戻って」きている

高崎 そういえば最近、地域に若い人が戻ってきているのを感じません?

大橋 わかる!最初の頃は共選所に行っても年配の方が多かったけど、近頃は若い人をよく見かけるようになったな。

高崎 周りを見ても、一度は県外に出た人が実家の農業を継ぐためにUターンしてくるケースが増えてきています。やり方次第でちゃんと食べていけるし、魅力ある仕事だと気づく人が増えてきたのかも。それに山形村は大規模にやっている農家さんが多くて、お城みたいな大きい家に住んでいるんですよ(笑)。それを目の当たりにしているので、農業には「希望」しかないです。いつか面積も売上も地域ナンバー1の農家になってやろうと燃えています。

大橋 1番を目指すのはアスリートの性だね(笑)。これまで「農業=きつい・儲からない」イメージがあったけど、それは固定観念に過ぎなかったって今は思う。よく「農家って大変でしょう?」って言われるけれど、自分はあまりそう思わないな。確かに最近の夏の暑さは体に堪えるけれど、その分、自然と規則正しい生活になるから健康的だし、何より、桃の木1本1本とじっくり向き合っていると、不思議と心が落ち着いて癒されるんだよね。むしろ心身ともに元気になった!

高崎 僕は始めたからには、もう「やるしかない」って感じ(笑)。「きつい・大変」はあるけど、自分がつくったものを食べて「おいしい」と喜んでくれる人がいてくれるのは、やっぱり一番のやりがいになりますよね。

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広がる、農業の可能性。今後の展望は

大橋 パルセイロ時代、県外から来た選手に長野の印象を聞くと、まず「人があたたかい」、次に「野菜と果物がおいしい」ってみんな言うんですよね。長野県の人にはこれが当たり前なのかもしれないけど、県外の親せきや友人に長野県産の農産物を送ると、驚くほど喜ばれる。だから今後は産地としての長野県の魅力、長野県の農作物のおいしさをどんどん発信していきたい。長野県民は奥ゆかしい方が多いから(笑)、僕が率先してPRできればいいな。自分だけでなく地域全体のブランド力をあげて、みんなが潤うようにしていくのが地域への恩返しにもなると思う。

高崎 僕はとにかく規模拡大ですね。まずは自分が結果を出してセカンドキャリアとして農業を志す人のロールモデルになりたい。農業の未来が明るいことを身をもって証明したいです。元アスリートに限らず、自分の背中を追いかけてくれる人がこれから増えてくれればうれしい。

大橋 衣食住という言葉があるとおり、食は人間が生きていくうえで絶対に欠かせないもの。特に、食の値段や価値が見直されている今、これから農業の可能性はさらに広がっていくと思うよ。当然、始めるには事前の準備やリサーチは絶対に必要。そもそも何をつくりたいのか、農閑期の収入はどうするか、実際に農家さんの話を聞いたり、情報を集めたうえで「チャレンジしたい」という意欲がある人には、農業はぜひおすすめ。可能性にあふれた業界であることに間違いないので。

高崎 それはもう間違いないです。やり方次第、自分が積み重ねたもの次第で、どこまでも高みを目指せるのがこの仕事の醍醐味だと思う。これからの日本の農業を担う新しい人や若い力が求められる今だからこそ、どんどん飛び込んでほしいですね!

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この記事を書いた人

おとうふ

長野県育ち、信州と甲州のハーフです♡奥深い長野県農業について勉強の日々。猫と果物が好き。 おすすめ農畜産物:桃、林檎、あんず、梨…etc。長野県のおすすめエリア:安曇野、湯田中温泉
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