最近「ジビエ」という言葉を見たり聞いたりする機会が増えましたよね。ご存知の方も多いと思いますが、ジビエとは狩猟で得た天然の野生鳥獣肉のこと。ヨーロッパでは貴族の伝統料理として発展し、狩猟の時期になると、世界中の美食家たちがフランスを訪れて楽しむ高級食材としても知られています。
信州蓼科から広がった、食と農を結ぶ新たな取り組み
藤木さんが営むレストラン「オーベルジュ・エスポワール」で提供している
「マルカッサン(仔イノシシ)骨つきロースのロティ パースニップを包み込んだパイヤソン添え」
信州でも鹿肉や猪肉を提供する飲食店が増え、ジビエという言葉が一般的に使われるようになりました。
このジビエ料理の普及に大きな影響を与えているのが、蓼科でオーベルジュ(宿泊施設を併設したフレンチレストラン)を営むオーナーシェフの藤木徳彦さん。特定非営利活動法人日本ジビエ振興協議会の理事長も務めており、このほど「外食アワード2015」を受賞しました。
「外食アワード」は出版社や報道機関など国内24社が加盟する外食産業記者会が「その年の外食産業界で活躍した人、話題になった人」を選んで表彰しているもの。2004年から毎年表彰しており、このたび藤木さんは「食材事業者部門」での受賞となりました。
藤木さんは「ジビエ料理の普及としてだけでなく、野生鳥獣による食害の防止となり、それが地域の農村振興につながればうれしいです」と話しています。ジビエの活動では、また新たな取り組みも始まっています。
信州ジビエに着目したのは、地元産の野菜から
「シカ肉のロティ 地元産野菜添え ジビエソース」
藤木さんが本格的にジビエに取り組み始めたのは、オーベルジュをオープンした18年前。地場産の野菜を求めに出かけた生産者さんの畑でした。
今でこそ"ジビエのシェフ"とか、"地産地消の仕事人"として知られ、畑に出向くシェフのイメージが定着している藤木さんですが、「実は当時、畑で収穫したばかりのホウレンソウの葉を見ても(なんの野菜か)分からなかったんです」と、意外な事実を告白してくれました。
「料理人でしょ? そんなことも知らないの?」
生産者さんからの容赦ない言葉が、食材と向き合う機会となりました。採れたての野菜の甘みや香り、アク、えぐみなど「本当の野菜の美味しさを知らなかったんですよね」。
生産者と打ち解けるまでには少し時間を要しましたが、時間があれば畑を訪ね、縁側でお茶を飲みながら対話を重ねました。
そうして親しくなればなるほど、抱える悩みも見えてきました。高齢化や後継者不足、そして、最も深刻だったのが鹿や猪など野生鳥獣による被害の大きさでした(ちなみに26年度の長野県の農林業の鳥獣被害は、7年連続で減少しているものの、金額にすると10億円以上です)。
丹精込めて育てた農産物を、収穫直前に荒らされた時のショックは営農意欲の低下につながっているという現実に触れました。地元生産者の減少は、地元産の野菜を料理にしたい藤木さんにとっても痛手でした。
地道な活動が全国へ、そして国の動きへ
そこで、少しでも農村振興に結びつくよう、経営するフレンチレストランで地場産のジビエを積極的に取り入れました。
地元の飲食店にも協力を呼びかけ、ジビエの調理法など講習会を開催して、地域での消費、活用を提案。さらに、山で捕獲した獣肉は衛生上、食肉として市場に出ることがなかったため、2007年には全国に先駆けて信州ジビエ衛生管理ガイドラインの制定に協力。「信州ジビエ」のブランド化にこぎつけます。
こうした藤木さんの県内での活動は、同じように鳥獣被害に悩む全国の地方自治体からも注目されるようになりました。
そして昨年は、自由民主党の中に「捕獲鳥獣食肉利活用推進議員連盟(ジビエ議連)」(会長・石破茂内閣府特命担当大臣)が開設されるなど、ひとつの畑から始まった藤木さんの取り組みが国をも動かしたのです。
藤木さんは言います。
「ジビエ議連が鳥獣被害だけでなく、農村振興の一環として出来たことがうれしいです」
ジビエをもっと身近に、もっと美味しく
藤木さんの活動もあり、現在、県内にはジビエの食肉処理施設が22カ所あります。県のガイドラインによれば、例えば鹿肉は、臭いがなく食べやすい肉にするためには捕獲から2時間以内に内臓を取り除く処理が必要です。しかし、捕獲した山中から処理施設まで2時間での移動は難しいことも多く「食肉として利用される鹿肉は、捕獲頭数の5%。あとの95%は処分されているのが現状です。
そこで、新年度には移動式解体処理車を導入する予定で、トラックのまま山中に乗り入れ、現地で処理を施します。「捕獲から解体処理までの理想時間は30分。移動車があれば可能になります」と藤木さんは話し、より上質な肉の流通に期待を寄せます。
藤木シェフ監修の「信州ジビエTHE★鹿肉バーガー」
(ジェイアール東日本フードビジネス(株)「ベッカーズ」で2015年秋に期間限定販売)
また、最近は大手外食企業との連携でメニューを監修し、ハンバーガーやカレー、立ち食いそばなど、気軽なメニューにジビエを取り入れる活動もしており、身近な食材としてのアピールも積極的に行っています。
それに伴い、牛肉でいうAやBなどの等級と同じように、全国共通のランク付けも検討し、日本ジビエ振興協議会の中に流通企画検討協議会を立ち上げました。
高級食材としてのジビエと、気軽に使えるジビエとが市場に流通することで、もっと身近な食材として味わうことができそうです。
「僕ら料理人の仕事は、地元生産者が作る農業のプロの味を、お皿を通して伝えること。その農業を守ることが活動の原点なのです。厳しい冬を乗り越えるために蓄えた脂が美味しい信州ジビエの魅力を伝えながら、少しでも山の生態系を正常に戻すことができたらいいですね」と藤木さん。
どこにいてもジビエという言葉が通じるようになったことで、自らの活動の広がりを実感しながら、また新たなメニューを考案中です。
藤木シェフの手にしているのは、地元諏訪エリアで捕獲されたカモと山鳩
藤木徳彦(ふじき・のりひこ)さん
東京生まれ。1998年に茅野市蓼科中央高原に「オーベルジュ・エスポワール」を開業。NPO法人日本ジビエ振興協議会理事長、内閣府地域活性化伝道師、農水省認定「地産地消の仕事人」。