畑でイノシシが掘り返した穴を見つけた!
農業関係者の間で、最近長野県でも問題となっているのが、シカやイノシシなどのケモノによる畑作物への被害が増えてきていることです。原因は様々にあり、わたしたち人間の側にも問題がないわけではないのですが、とりあえずその防御策として、電気を通している電気柵や網などがあります。この技術は電気を使うことを前提としていますから、環境への優しさの点では問題が残ります。今回は、100%羊毛を使ったユニークで環境にも優しい方法をご紹介します。
「羊毛」という言葉を聞けば、普通は冬には欠かせないセーターやマフラーや手袋を思い浮かべるものですが、しかし刈りとったこの羊毛を畑に撒いておくことで、ケモノたちの侵入を防ぐことができるようです。この取り組みをすすめる長野市信州新町(旧信州新町)の峯村元造さん親子に、話を聞いてきました。
羊たちに餌やりをする峯村さん
羊毛を畑にまいたきっかけ
羊の毛は年に1回春から夏にかけて刈り取られ一頭から約4キログラムほど刈り取れますが、刈り取った羊毛をそのままにしておいても虫がつかなかったことにおふたりは着目したそうです。「畑に捨てておいたところ、アブラムシが落ちてきた。とうもろこし畑にまくとたぬきがほとんどよってこなかった」と。
もともとは肉だけでなく毛も製品として加工されていましが、加工費が高く海外品よりも割高になってしまうため、現在は加工はしていません。加工しなくなった羊毛を肥料として使いはじめたことがきっかけとなり、現在ではそれを聞きつけた町内の農家7・8軒がこれを利用しているそうです。イノシシやシカ、ハクビシンやカラスなどに効果があるようで、とうもろこしやじゃがいも、トマトやナスイチジクなどの栽培に、現在は活用されています。
羊毛のまき方
とうもろこしであれば、受粉した時期に穂にかぶせるようにおきます。ナスやトマトであれば根元に輪で囲むようにまくのがコツです。あまり少ないと効果がでないそうですが、袋ごと畑のまわりに設置する人もいるようです。
実際に羊毛を畑にまいたところ
独特のケモノ臭さは、およそ約2ヶ月くらいでなくなってしまうので、栽培期間中、何度かまくことが必要です、雨の多い時期は臭いが速く落ちてしまいますので、追加が必要です。そうやってまいた毛は、そのまま畑にすきこむことで肥料になり、秋には耕運機にも絡まなくなっていて、甘みが増すよい肥料となります。
ケモノの防除ができて味もよくなり、一石二鳥の方法です。
羊毛をケモノが嫌う理由
羊毛を製品にするときは、汚れた部分を除いて洗って製品としますが、この作業で除いている汚く見えた部分をケモノが嫌うのうではないかと、峯村さんは考えています。汚れている部分には、脂がついており、ケモノ独特の臭いがあります。そのケモノ臭さで、害獣が寄ってこないようです。
最近の自然環境について
畜舎の周りの沢ではイノシシが水を飲んでいたり、裏山ではシカの群れが走っていたりと、近年、身近なところで野生動物が異常に増え、畜舎の敷地内でもイノシシが掘り返した跡が何ヶ所もあります。また、今では日本列島には酸性雨が降るようになっていて、コンクリートの上に羊毛を広げておくと、雨が降ったりしてしばらくすると汚れが落ちて、白くきれいになるとかで、加工するために毛をもらいにくる方にも、峯村さんは賢く効率的な方法をアドバイスしています。
峯村さんの畜産業
峯村家は、おじいさんの代から羊を飼っている畜産農家で、現在は町内の左右(そう)地区など2ヶ所で羊のサフォークという肉用めん羊種約400頭を繁殖・飼育しています。
昭和12年頃から羊を飼いはじめましたが、一旦養蚕が盛んになったため羊がほとんどいなくなりました。しかし町をあげて羊のいるジンギスカンの町にしようとサフォークが導入され、昭和56年から再度飼いはじめたのです。
年間200頭ほどが子供を産みますが、なかには子育てを放棄する羊もいて、150頭ほどしか生き残らないそうです。産まれた羊からさらに子育てできる羊を選抜し、繁殖をするといった流れで、生産されています。産まれてから15ヶ月から24ヶ月くらいで出荷されて精肉となり、同町内の「さぎり荘」にて焼肉として食べることができます。
最近はおいしいと人気が高くて、品薄状態となっているため、町からももっと飼育するように要望がきているほどの人気です。町内には他に5軒の羊農家がいますが、規模を大きくすることも新規にはじめることも難しいため、生産が追いつかいない状況のようです。
最近は荒廃地の有効活用としてサフォークを導入する地域が増えてきたこともあり、峯村さんの畜舎や牧場には年間10件ほどの視察依頼があります。羊毛の効果についてうわさを聞きつけ、長野市内の他の地域の長いも生産者や須坂市の農家などからも羊毛を分けてほしいとの問い合わせが多く寄せられていますが、現在はもう人に分けるほど羊毛がないとのことです。
サフォークという羊
昔、羊と言えば日本では誰もサフォークを思い描くことはありませんでした。サフォークとはイギリスのイングランド東部、イースト・アングリア地方に位置する行政州の名前です。美しい土地で、そこで飼育される羊のなかからかけあわせで作り出されたのがサフォークと呼ばれる羊です。最近はアニメなどでもサフォークがしばしば登場するのでなじみが深くなっています。イギリスの映画などによく出てくる羊で、顔や足が黒くて、体が白い毛に覆われて、そしてその毛はウールとなり、肉は臭みの少ない肉が特徴で「ラム肉」と呼ばれています。
家畜としては、とても臆病で、峯村さんでも派手な服装をしていると警戒するため、毎日おなじ帽子とつなぎを着るなど、つきあい方に気を使っています。えさの時間以外はあまり鳴くことが少なく、糞尿も水分が少ないので臭いがあまり出ないので、臭いをかげば何を飼っているかわかる業者でも近くに来ないと判別できないそうです。ジンギスカンは、味付けをした羊肉ですが、サフォークは臭みが少ないので、たたきやステーキにして食べても、とてもおいしい肉なのです。
町をあげてのジンギスカン街道
国道19号線を走っていると「ジンギスカン街道」という看板が目につき、何件ものジンギスカン屋さんがあります。町をあげてサフォークの生産振興をしており、特産となるべく羊毛を使った綿製品や肉を使ったおみやげの開発が進められています。
海外製品の影響で製品化できなくなった羊毛は、そのまま捨ててしまえば産業廃棄物と言われるものかもしれません。有効に活用してただ肥料として活用するだけでなく、最近増えている鳥獣害の対策としても行っているリアルな取り組みです。生産農家は、こうしてそれぞれが工夫をし、自分たちが手をかけて育てているものを守ります。