生活のなかに美をもたらす荒神ほうきの秘密

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扉を開けると「ふわっと」香る干し草のにおい。目に入るのは美しく編み上げられた「荒神(こうじん)ほうき」。小さな作業場の中で黙々と作業をする二人の手に技を持つ匠(たくみ)たち。

松本市芳川野溝地区に「荒神(こうじん)ほうき」と呼ばれる、おそらくは江戸時代末期から伝わる伝統工芸品があります。荒神ほうきの「荒神」とは、わかりやすく言えば「その土地の、その家の神さま」のことです。掃除をすることは、昔は各家がおこなう神事でした。そのためのほうきを作る術(わざ)は、地区の農家さんたちで結成された「芳川ほうき生産組合」によって、いまでもかろうじて伝統が守られています。

荒神ほうきは、荒神さまと呼ばれた竈の周囲を掃き清めるのにふさわしいほうきで、さながら今ではぬくぬくと温かい薪ストーブの周囲を掃く最もおしゃれな道具かもしれません。

掃除機だけでなく、さまざまな掃除用具が充実した現在においても、失われない存在のほうき。それらを作り出す職人として様相に「手仕事の意味」と「道具を大切にする心」を垣間見た思いがします。

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どの草でほうきを作るかが重要
先週木曜日の昼過ぎにこの地区をうかがい、組合長の林久雄さんと古畑益男さんに作業のようすを見せていただきました。おふたりがほうき作りをはじめたのは16歳のとき。農閑期の副業として代々先人たちから受けついだ伝統を、先輩たちから教えられたといいます。

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「学校を卒業してすぐ、村中の若いしゅうがみんなほうきをやっただ。みんな競争でやったわい。1日で最高30本つくったよ」林さんは目を細め、懐かしそうに話します。農作業がなくなる冬場に作り方を習い、おおよそ半年ほどで、一人前のほうき作りができるようになるそうです。「ここは山がねえ、薪(まき)がねえもんだから、飼っていた蚕に使う“かしわ”畑にあった“根っこ”を薪にして寒さをしのいだよ」

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手でほうきをつくることの意味
ほうき作りを見ていると、非常に力を使う仕事であることがわかりました。暖房器具のない頃に、かじかむ手をこらえての細かな手仕事は、さぞや根気がいったはずです。

ほうきは1本を作り終えるのに40〜50分かかります。重要なのは、ほうき草(ホウキビ)の選別。ほうき草を6段階の大きさに分け、4つずつ束にしたものを、1本に編み上げていくのです。

ほうきを手にとってじっくり見ると、その編み目は実に丁寧で美しく、簡単に解けることがない頑丈な作りに、”手仕事の意味”を見たような気がしました。

「当時の校長先生の給料は一ヶ月300円」林さんが笑いながら言います。「だけど俺らもさ、ほうきで一ヶ月300円稼いでいただよ」

なんと、16歳の少年が学校の校長先生と同じ稼ぎをしていたとは。驚きです。

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ほうき作りのすべての作業は、木の台で行われます。円錐状の台は木槌で何回も打たれているため、斜めに磨り減っており、いわば台形ともいえる形になっています。木槌もところどころ歪んでおり、使い込んだ証がみえます。

「今後は反対側使えばいいから、まだまだ使えるだ」と、林さん。長年自分が使った道具には、愛着が湧くのでしょう。

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今年収穫したほうき草のほうきは売り切れました
ほうきは上・中・下とランク付けがあり、作り方の違いでランクが分かれるのだそうです。上がもっとも手間がかけられて丈夫なほうきです。黙々と作業をするお二人の手の動きはすばやく、しなやかに宙を舞いながら1本のほうきに仕立てあげられていくほうき草の様子に、しばし見とれてしまいました。

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芳川ほうき生産者組合のみなさんが作るほうきの数は、年間500〜600本。出荷先は岐阜や白馬村で、地元のJA祭でも販売しています。

このほうきになるほうき草は、休耕田を利用して組合のみんなでつくります。明るい色のほうき草は外国産です。外国産のほうき草は色が悪いので、見た目を良くするために染められています。(写真右)

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一方、野溝地区で栽培されたほうき草は美しく、草そのものの色を生かして商品にされます。(写真左)さらに、より深い違いを言えば、暖かな外国で短期間で栽培されたほうき草はすぐに大きくなりますが、それゆえに素材は硬く、丈夫さに欠けるといいます。しかしこの地で時間をかけて大きくなったほうき草は、しなやかで、丈夫なため、長持ちするのです。

ほうき草は収穫してから実を脱穀し、その後一週間ほど陰干しされます。今年は5月に植えて、お盆前に収穫。残念ながら今年の収穫分で作ったほうき草で作ったほうきはすでに売り切れてしまいました。

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小学生から送られたほうき作りのようすを描いた版画

 

誰がこの美しさを引き継ぐのだろう?
最盛期には野溝集落にある200軒の家のすべてがほうきをつくれた家だったそうです。しかし今では、「荒神(こうじん)ほうき」を作れる技を手にする職人は4、5人まで減ってしまっています。組合に所属する8人のうち、一番若い方で81歳。取材に応じてくださった古畑さんは85歳、林さんは83歳。

「ほうきも人間と同じで、太りすぎてもやせすぎてもいけねえ。中肉中背が一番いいんだ。90まではやりたいと思っているだがね」と頼もしくおっしゃる古畑さん。「芳川ほうき生産組合」のみなさんは、伝統を伝えようと地元の小学生にもほうき作りを教えに行っています。

ほうきを長持ちさせるにはどうすればよいかとたずねると、間髪をおかず「穂先が痛まないように吊るしておくこと」との返事。

シャッ、シャッ、シャッ・・
シャッ、シャッ、シャッ・・

爽やかな音を鳴らしながら、ほうきを使って床の素材を傷めぬよう、優しく掃くという日常の行為のなかには、作り手の手仕事を知ることで、つながりを帯びてくる美しさがあるような気がしました。


参考連絡先:

 ・芳川ほうき生産組合 0263-26-5528

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