「木曾路はすべて山の中である。あるところ
は岨(そば)づたいに行く崖の道であり、あ
るところは数十間の深さに臨む木曾川の岸で
あり、あるところは山の尾をめぐる谷の入り
口である。一筋の街道はこの深い森林地帯を
貫いていた」
島崎藤村 夜明け前 第一部
序の章 最初の一節
とても有名な文章の書き出しです。この豊かで深い森林地帯の山の中だからこその郷土の和菓子が、今も木曽には存在します。「ほお葉巻き」です。柏餅の代わりに端午の節句に親しまれていた郷土の味で、朴(ほお)の葉に包んで蒸した餅から、ほんのり山の香りがする今の季節だけの和菓子です。この時期、木曽地域の家を訪ねると、お茶と一緒に手作りの「ほお葉巻き」が出されるのだそうです。さっそく、おじゃましてみました。
毎年6月になると木曽では
手作りの「ほお葉巻き」を朴(ほお)の葉のお皿で出してくださったのは、JA木曽女性部の文化活動協力員の大澤フミコ(おおさわふみこ)さん(69)と、堀田郁弥(ほったいくみ)さん(75)。おふたりとも木曽で生まれ育ち、子どものころから「ほお葉巻き」に親しんできたそうです。毎年6月の声を聞くと年中行事のように「ほお葉巻き」を作っては家族や親戚、知人に初夏の香りと味わいを発送してきました。
丁寧に包まれた葉を開くと、ほんのり葉の色が移った餅が見えました。透明感のある餅の中には小豆の餡が入っています。作ったばかりの米粉の餅は粘りのある柔らかさで、噛むたびに葉の香りが広がります。1日たつと餅が少し硬くなって、ほどよい歯切れの餅となり、それがまたおいしいのです。ちなみに、ほお葉巻きは冷凍保存もできます。
ほお葉巻きの作られ方
作る過程を見せていただきました。上新粉に少々の薄力粉と、餡の味わいを引き立てるために少しの塩を加え、熱湯で練ります。
「熱湯で練らないと透明感が出ないんですよ」
堀田さんが言いました。大澤さんも堀田さんも熱いのに手際よく、体重をかけながら団子状に練っていきます。まとまった生地を、だいたいの大きさに1個ずつちぎり、手のひらで生地をのばして餡(あん)を包みます。
おふたりとも、生地を秤で計らなくても、ほぼ均等の大きさになり、生地が手のひらに乗ってからは、まさにあっと言う間に餡入りの餅が出来上がるといった職人芸です。あまりの早さに見とれていると大澤さんが口を開きました。
「早くしないとお餅が手についてしまいますからね」
出来上がった餅は、朴葉(ほおば)に包みます。朴葉は文字通り、朴(ほお)の木の葉。朴の木はモクレン科の落葉高木で、大きいものだと樹高30mにもなります。大澤さんの自宅では朴の葉を栽培しているそうですが、高すぎると収穫できないため「わたしが収穫できる高さに止めてあります」ということでした。
今の季節の楽しみのひとつに
朴の葉の若葉を使うのが「ほお葉巻き」。葉に柔軟性がないと餅を包めないため、ほお葉巻きが出回るのも、朴の葉が大きくなる5月下旬から7月初旬までの若葉の時期となります。葉には殺菌作用があるため朴葉巻きのほか、朴葉寿司(ほおばずし)にも使われます。また、落葉した後も火に強いことから、飛騨高山の郷土料理として知られる朴葉味噌(ほおばみそ)などにも使われます。
餅は、中央の枝から放射状に5〜6枚の葉が広がる朴の葉1枚1枚に1個ずつ包みます。長さ30cmほどもある葉で上下左右の隙間がないよう丁寧にくるみ、最後は1本のイグサで結び留めて、蒸し器に入れます。放射状に広がっていた葉すべてに餅を包むため、出来上がりは1本の枝に5〜6個の餅がぶら下がっている感じ。これがまた郷愁を誘います。
蒸し器に入れてしばらくすると、蒸気から朴の葉の香りが漂い、15〜20分後には出来あがりです。堀田さんは、
「ほお葉巻き作りはこの時期の楽しみのひとつ。この時期にかかる病気みたいなものですね」
と言います。堀田さんの朴葉巻きを楽しみにしている家族や家族の職場の人たちにも大勢いるのもわかります。
深い山に囲まれた木曽地域では、5月末から7月上旬まで、ほお葉巻き作りが行われています。上松町特産品開発センターでも7月3日まで、注文に応じてくれますよ。木曽の山の香りが漂う旬のほお葉巻き、いかがです?
ほお葉巻きのご注文は:
上松町特産品開発センター
電話 0264−52−1505
上松町特産品開発センターホームページ
*平日昼間でお電話のつながらない場合は上松町役場産業観光課農林係(電話:0264-52-4804 直通)までお問い合せを