食品の保存の方法として最も古いもののひとつが「乾燥」です。人間は食品からじゅうぶんな水分を取り去ることで、食べ物が朽ちたりだめになるのを防いで保存してきました。ほぼ1年中、現在では野菜が欲しい時比較的容易にいろいろな種類の野菜が手に入りますが、昔の自給自足によって日々の生活の営んでいた人々でも、先祖から代々受け継いだ知恵によって、季節を問わず様々な種類の野菜を食べていたのです。「乾燥野菜」はその代表的なもので、ものによって異なりますが、75%から95%の水分が乾燥によって取り去られています。
山間で雪の多い県北部の長野市鬼無里(きなさ・旧上水内郡鬼無里村)では、昔から多くの家庭でこの乾燥野菜が作られていました。そして今、この乾燥野菜を地域の代表する食文化として守り伝えようと、地元のおばあちゃんたちが乾燥野菜の作り方、そしてそれを使っての美味しを逃がさない料理方法などを、講習会等で多くの人に伝えるようになっています。乾燥野菜は本当の意味で鬼無里という土地のスローフードそのものなのです。
「子供の頃は、寒中になると家々の軒先に大根が干され、その大根はお田植えの時(その頃はちょうど生の大根が無い時季で)、煮物として手伝ってくれた大勢の人たちにご馳走として振舞ったんです」と、そのひとり小林貞美(こばやしさだみ)さんは当時の思い出を語ります。
それは時間と手間の結晶
一度でも乾燥野菜を作った経験があればおわかりでしょうが、実際、おばあちゃんたちに教わりながら乾燥野菜を作ってみると、その手間と美味しさに驚かされ、乾燥野菜が「時間」と「手間」の結晶であることをヒシヒシと感じるはずです。
例えばカボチャを見てみましょう。厚さが均一になるよう注意して切ったものを一旦屋外で干し、そのあと蒸します。そしてもう一度、重ならないように丁寧に並べたものを、今度はじっくりと時間をかけて数日間干して乾燥させるのです。
乾燥野菜を作るときに必要なのは
野菜を上手に乾燥させるには、野菜のなかからじゅうぶんな水分を取り出すに足る熱と、抽出された水分を発散させる乾燥した空気と、湿り気を大気に放出させる空気の循環の3つが欠かせません。乾燥が不十分だと微生物がかえって増幅する場合もあります。野菜ごとに適切な乾燥法をマスターするのは簡単そうに見えてけして簡単なことではありません。
「とにかく乾燥野菜は、"ずく"と"努力"が大切」と小林さんは真っ直ぐな眼差しでつづけました。この場合「ずく」とは「根性」と置き換えてもいいかもしれません。「お日様に当てることにより栄養価が何倍にも増すと言われるのだから『太陽はありがたい!』ってすごく思う。だから少しでも陽が照りはじめるともう『もったいない』と思ってしまってお天道さまのしたに野菜を持っていくの。面倒くさいとはちっとも思わない、もう癖だわねぇ」そして笑います。
乾燥野菜の栄養価の特徴
天日で乾燥された野菜は栄養価ばかりでなく天然の甘味も凝縮されていて濃厚。「美味しいからつまんで」と乾燥した状態のまま出された干したカボチャは、噛む程に素朴で優しい味わいに、つい「もうひとつ」と手の出てしまう程でした。乾燥野菜の栄養価の特徴について調べてみると−−
・カロリー数は変わりません。水分が減った分だけ目方は減ります。
・植物繊維:そのまま残ります。
・ビタミンA:正しく乾燥されればかなりよく残ります。
・ビタミンC:ほとんど残りません。乾燥野菜の宿命です。
・ビタミンB1(チアミン)、ビタミンB2(リボフラビン)、
ビタミンB3(ナイアシン):失われるものもありますが、
全部は失われません。
・ミネラル:失われるものもありますが、鉄分は残ります。
すでに30年ちかくも乾燥野菜に携わってきた小林さんでも、こう話します。
「昔の人の知恵は決して無駄にはならない。先祖からいただいた知恵をヒントに、もっと美味しくて色の良い乾燥野菜を作るにはどうすればいいかなど、付加価値を高める工夫をしているけれど、とにかく乾燥野菜は奥が深くて、同じ野菜でも品種によって、また干したり蒸したりする時間の長さによっても仕上がりが変わるから、作り方はこう、と一概に言うのは難しい。実はまだ、日々研究しているんです」
乾燥野菜と言えば鬼無里と覚えて
「もったいない」と採れ過ぎた野菜を無駄にしないように乾燥させるのはほぼ1年中行われます。さらにこの寒の時季には大根、そして春になればコゴミにゼンマイ、アザミなど、また夏は夕顔にナス。さらに秋にはかぼちゃや野沢菜、サツマイモの茎、リンゴなど、地元のさまざまな恵みを乾燥野菜に変えてしまうのです。
それらを使って作る料理は、おやきに炒め野菜、また地元特産の"エゴマ"を擂って混ぜ合わせた和え物などと、炒めたり茹でたり蒸したりと実に様々な料理方法で楽しみます。なにごとにも便利を求める時代となり、この地域でも乾燥野菜を作る家庭は減りつつあるそうですが、「"乾燥野菜"といったら"鬼無里"」と言われるようになりたいと、現在80歳になる小林さんは瞳を輝かして話してくれました。
乾燥野菜は、長野市鬼無里南町の農林産物直売所「ちょっくら」で購入することが出来ます。また「いろいろな人と接することが若さの秘訣かな」と、温かい笑顔を見せる小林さんが、20年近く台所を任されている宿泊施設「ふるさとの館(やかた)」でも、この乾燥野菜を使った料理を出すことがあるそうです。
鬼無里スタイル 乾燥野菜の作り方
乾燥野菜の作り方 かぼちゃ
※ポイントは、波状のトタンを使うこと。熱の反射が多くなり、上手く乾燥するそうです。またこの波状によって、並べた食材とトタンの隙間を風が通り抜け乾燥が早まるのです。
1.綿と種を取り除き、皮を剥きます。
2.幅7ミリほどに、全体の厚さを均一に切ります。
3.波状のトタンの上に重ならないように並べて、屋外で半日干します。
4.干したものを蒸し器で7分ほど蒸します。
5.蒸したものをさらにトタンの上にもう一度並べて、数日間干してしっかりと乾燥させます。
乾燥野菜の作り方 大根
1.全体をきれいに皮をむきます
2.先の太いほうを上にして、上部に穴をあけて紐を通し、軒下などに吊るします(およそ1ヶ月)
※食べる時は、大根を切ってから水に浸して調理します。
乾燥野菜の保存についての注意事項
乾燥させた野菜は栄養保持の観点からも小分けにして密封した袋あるいは容器につめ、陽の直接あたらない乾燥した場所で保管し、最長1年をめどに使いきりましょう。それぞれになにをいつ乾燥させたものかを記録しておくこと。
鬼無里の乾燥野菜にアクセス:
農林産物直売所「ちょっくら」
〒381−4301 長野市鬼無里1699−2
電話:026−256−2450
ふるさとの館
〒381‐4301 長野市鬼無里3157−13
TEL026−256−3377
FAX026−256−2432
(12〜4月休業)
ウェブサイト