なぜ柿のすだれはもう見れなくなったのか?

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迫力の「柿ののれん」をご覧ください。軒先に下げられれば「柿すだれ」とも言いますが、実際にこんな光景を目の当たりにすると、圧倒されてしまいます。しかしこうした風景は、もうこの地域では当たり前に見られるものではなくなってしまいました。なぜでしょうか? それは「市田柿」が「信州の地域ブランド」として確立したためなのです。「市田柿」は、消費者と地域、それぞれの期待を背負った"みなみ信州の風土が生んだ特産品"ですが、なぜ地域ブランドとして確立すると、柿すだれが姿を消すことになるのでしょうか?

寒さと乾燥した風土のおかげ
「自然が作ったお菓子」。JAみなみ信州の干し柿集荷施設「柿の里」場長のJA生産部販売2課の細田英治(ほそだ えいじ)課長は、市田柿のことをそのように表現します。この干し柿は、信州の寒さと乾燥という風土によって作られます。手間隙をかけた生産過程を踏むことで、「市田柿」の上品な甘さと風味が生まれるのです。先週3日の木曜日、「柿の里」が、本年度の稼動を開始すると聞き、市田柿の里である長野県下伊那郡高森町へと取材にかけつけました。干し柿は南信州全体で約2200トン、JAみなみ信州の管内だけでも約1300トンの販売を予定しています。

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今から約2ヶ月間にわたり、この「柿の里」の施設では、約330トンの干し柿の生産に追われます。高齢化が進む柿農家の負担を減少させるため、また、「市田柿」を地域ブランドとして保持し、販売して地域農業を振興するために、この施設は設立されました。柿農家から少量ずつ集められた柿の加工を一挙に引き受けることで、ブランド品「市田柿」を作り出すのです。加工されなければ商品とならないこの柿に、規格手当てをし、厳しい品質管理を施して、一流品として出荷します。

人の眼には触れなくなった理由
残念ながら一般の方は、こちらの「柿ののれん」を見ることはできません。なぜなら当施設では、干し柿はすべて半透明のビニールハウスの中で完全なる衛生管理が施されているためです。この日は取材で特別に中へ入る許可をいただき、撮影する許可も得ました。ちなみに外からでもビニール越しに「ぼんやり」とですが、柿がのれん状にずらっとつるされているらしい光景は見ることができます。

取材日は「のれん」干しにされた柿、それを選果する作業、そして選び抜かれた干し柿をパッケージに詰める一連の作業の様子を見学できました。作業をする従業員の方々のまなざしは真剣そのものです。

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ひとつひとつ、集中しながら次々に運び込まれる干し柿の品質を見極めていきます。パッケージ作業担当の方に話を聞くと、最も気をつかうのは衛生面だといいます。いくつかの基準を設け、厳しいチェックをかけ、「確かな品質」を保持するための努力がなされているのです。「柿の里」では、多様な消費者ニーズに応えるため、約30種類ものパッケージ(包装)を提案し、多くの人が「市田柿」を味わってもらえるように工夫をこらしています。

干し柿集荷施設を取材後、「この町の名物である、軒先の柿のすだれをもっと見たい!」という思に駆られ、しばらく町のあちらこちらを車で走らせました。しかし「柿の里」で見たような息をのむような「柿すだれ」はどこにも見当たりません。高森町役場のまちづくり振興を担当されている清水衆(しみず しゅう)さんに話を聞きました(下写真)

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3年前の平成18年(2006年)に長野県第一号の地域ブランドに認定された事で、「市田柿」に転機が訪れたそうです。この年を境に、商品として販売する干し柿は、外干しが禁止となったのです。それはカビの発生防止など、品質保持を徹底するために必要な制限でした。したがって、「市田柿」の名が世に知れ渡るとともに軒先の「柿すだれ」も姿を消していくこととなったのです。

あたりまえだったものがあたりまえでなくなるとき
高森町役場が作った町のパンフレットの表紙には昔ながらの「柿すだれ」が描かれています。町のホームページの冒頭にものれん干しにされた柿が写しだされています。かつてはこうした光景がこの地域のいたるところにあったのです。しかしながら現在、地域をあげて市田柿のブランド化に乗り出したこの高森町では、「鮮やかな色の干し柿が無数にすだれのように干された風景」は、もはや当たり前に見られるものではなくなりました。

地域ブランドと名のる限り、おいしくて安心・安全で、確かな品質を消費者へ届けなくてはなりません。また今年、みなみ信州のりんごをはじめとする果樹が悪天候に見舞われて大打撃を受けたため、この「市田柿」が生産者にとっては「最後の砦」となっており、上質な干し柿の生産にもなおさら力が入ります。ichidagaki.jpg今現在、この冬の風物誌である「柿ののれん」「柿すだれ」は、一部の家庭の軒先で、またこの高森町役場の正面玄関などで見ることができます。

消費者の期待と地域の期待を背負った「市田柿」。ここの「市田柿」は、中京、東京、関西の市場やスーパーなどに出荷されます。出荷のピークは12月20日ごろ。今年の干し柿の出来栄えは良好です。みなさまもこの冬は、みなみ信州の風土が生み出した「自然のお菓子」を、一口味わってみてください。


参考サイト:

長野県高森町の公式ホームページ

高森町の観光情報

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