先日、冬のサワガニを求めて北信地方の山に分け入りました。「冬はサワガニ穫りでしょ」と耳元でささやいた人がいたからです。本来サワガニというと、活動期は春から秋。でも食すには、冬眠のための栄養を蓄えている初冬の時期がおいしいのだと言われて、今回は、雪におおわれてしまう前に、水のきれいな北信州に生息する天然のサワガニを求めて、冬の味を読者のみなさんに伝えようという企画です。
彼らは沢のそばの岩陰で眠る
さて、サワガニたちはどこで冬眠するのでしょうか? 水の流れる渓流ではなく、渓流の支流のそのまた支流、さらにそのまた支流を探すことになりました。水の流れといっても小さな小さな流れで、山の森林に降った雨が地層や岩の隙間からチョロチョロと漏れ出しているような沢のそばの岩陰などが、川ガニとも呼ばれる彼らの冬眠する場所です。
いかにもサワガニの冬眠していそうな場所
長野市街地から車で走ること30分、標高700メートル前後の山間地の杉林の中を進み、やがて林道に入ると、そこでカーナビから道が消えました。辺りに沢を探しますが、もちろんカーナビの地図には沢など映りません。最後に人家を見てから久しく、道幅は道端の木々に押されてどんどん狭くなり、車のフロントやサイドを木々の枯れ枝が擦る(こする)音が聞こえるようになり、そろそろ心細くなってきたころ、雨でもでないのに道が濡れている所までたどりつきました。
北信州で冬のサワガニ獲り
この付近なら湧いた水が出ている沢があるだろうと、道端の待避所に駐車し、車を降り、濡れている道を上に辿っていくと、しばらくしたところで林の中に獣(熊または猪)捕獲用の罠が置いてあります。そのすぐ脇に沢を見つけることができました。やや水量が多く、倒木や落葉、土砂で沢が埋まっているところもあり、イメージしていた沢より荒れているような感じもしましたが、まずは、結果を出すため、辺りを見まわしてクマなどがいないことを確認してから、サワガニ獲りを開始です。
サワガニ獲りは、沢に覆いかぶさる枯れ枝や大きな石をどけ、小型の鍬(くわ)をふるい、沢の土砂を掘り起こします。すると、3センチか、4センチくらいのサワガニが、一匹また一匹と土砂を掘り起こした後から出てきます。
ザックザクというほどの収穫ではありませんが、沢を歩き回り、ここぞという場所に鍬をいれ、30分程で総勢5匹のサワガニを捕獲することができました。冬のサワガニ獲りは、獲るというより掘るという表現のほうが適当だと思います。瓦礫の山から茶色いダイヤモンドを探すような思いと言いましょうか。寒風の中で、狩場を求めて起伏の激しい沢を歩き回り、水に入り、土砂を掘り起こす作業を黙々と繰り返します。結構きつい作業です。ですから、サワガニを掘り出したときは、厳しい作業の対価としてダイヤモンドにも見えてくるのです。
食べるよりも共に冬を越す日々へ
当初の目的は、捕獲した豊漁のサワガニを自宅に持ち帰り、「冬眠のための栄養を蓄えたサワガニは絶品!」と唐揚にして、満面の笑顔で食すつもりでしたが、今回獲れたサワガニがわずか5匹であって、とても貴重に思えてなりません。冬のサワガニの味を伝えるという初期の目的を達成できず、誠に残念ですが、春まで飼って(冬眠させて)、山に返してやろうと思うに至りました。おいしいものはたくさん食べないと美味しさが伝わりません。
冬のサワガニ獲りは、冬になると晴天の日が多い南信地域の風土が育んだ言い伝えだったのかもしれません。今年の長野の初冬は、北も南も暖かくて、今回のサワガニ獲りに入った山にも、積雪はまだ無く、凍ってもいませんでしたので、難なくサワガニを捕獲することができました。しかし、いくら暖冬で、雪や氷がないとはいえ、素人が山や沢にわけ入ることはとても危険で、とてもおすすめできるものではないことを最後に記しておきます。