信州は今一番寒い季節ですが、暖かなハウスの中は、もうすっかり"春"でした。1月の7日にそれぞれの家庭の食卓に春の香りを届けるため、長野県北部の長野市屋島では「春の七草」が次々と箱詰めにされていました。セリ・ナズナ・ゴギョウ・ハコベラ・ホトケノザ・スズナ・スズシロと歌われるあの春の七草、七種の植物のことです。
春の七草を栽培はじめて25年
北信州で「春の七草」を栽培しているのは、本藤久和(ほんどう ひさかず)さんとすみ子さんご夫婦。冬の時期に使われなくなる農地を有効利用するために、25年前から七草の栽培をはじめました。しかし、いざ本格的に七種の栽培をするとなると、まだ農作業で忙しい時期から栽培を開始する必要がありました。
なぜ野菜を7種類食べるのか
七草は、あたりまえですがそれぞれ成長の早さが違います。1月7日の人日(じんじつ)の節句に間に合わせるため、それぞれに応じた栽培をしてあげる必要があるのです。人日(じんじつ)の節句とは五節句のひとつで、古代の中国では、正月の1日を鶏の日、2日を狗の日、3日を猪の日、4日を羊の日、5日を牛の日、6日を馬の日とし、それぞれの日にはその動物を殺さないようにしていました。そして、7日目を人の日として、犯罪者に対する処罰は行わずに、7種類の野菜を入れた羹(あつもの)を食べる習慣があり、これが日本に伝えられて七草粥となりました。日本では平安時代からはじめられ、当初は米・粟・黍(きび)・稗(ひえ)・みの・胡麻・小豆の七種の穀物をもちいた粥だったようですが、今のようなかたちで一般に定着するのは江戸時代から。お正月で疲れた胃袋を休めるために、薬効のある七草を入れたお粥を食べるようになりました。1月7日に七草粥を食べることから、この日を七草の節句ともいいます。
七草を正しい時にあわせて育てる難しさ
本藤さんの七草作りは、例年9月15日頃からはじまります。一番にセリの種まきをし、その次はゴギョウ、10月に入るとナズナ、ハコベラ、スズナ、11月に入ってホトケノザ、スズシロといった順番で種まき、もしくは苗の植え付けをします。こうして7種類全てを出荷時期にあわせて育てる点が、七草作りの難しさだと久和さんはおっしゃいます。
お盆を過ぎてからの農作業においては「一日が五日に影響する」といわれるそうで、この時期は一日でも作業が遅れると、五日分の作業の遅れに相当してしまうとか。この昔からの言い伝えを、久和さんは毎年、七草作りをしながら身をもって実感するそうです。今年はスズナの種まきの時期に若干の反省があったものの、七草作りは順調に終盤を迎えました。
本藤さんの七草の出荷ピークは正月の3日で、今シーズンはおよそ1万パックを出荷予定。全てが県内の大手スーパーを中心に販売されます。取材にうかがった4日は、出荷の最終日でした。
すみ子さんにとっては、大勢の作業員を指導するのも大変な仕事のひとつです。ハウスにおじゃますると、およそ50人の作業員が最後のパック詰め作業を黙々とこなしていました。このハウスのお正月休みは元旦のみだったそうです。しかし、「うちにとって七草作りは、毎年のイベントのようなものだよ」と、久和さんの笑みからは、そんな疲れも感じさせませんでした。
七草は体のどこに効くの?
ところで、「春の七草」は、年末から年始にかけてのこの時期、疲れたわたしたちの体に、それぞれが一体どのような効果をもたらしてくれるのでしょうか?
(1)セリ(芹)は、独特の香りがありますが、この香りの成分には疲れた胃を整え、解熱、解毒作用があるとされています。発汗作用もあり、風予防や貧血予防に効果的です。
(2)ナズナ(薺)は、皮膚や筋肉の血管を拡張し、また汗・涙・唾液・胃液・腸液および気管支の分泌物を増大させる作用があると言われています。
(3)ゴギョウ(御形)は、あまり聞きなれない植物ですが、キク科でハハコグサともいい、咳止めに効果的です。
(4)ハコベラ(繁縷)は、地域によって様々な呼び方がされ、「ハコビ」「ヘズリ」「ヒヨコグサ」と呼ばれます。健胃整腸作用や利尿作用があります。
(5)ホトケノザ(仏の座)も、聞きなれない植物ですが、こちらもキク科で、胃腸を健康に保ち、食欲増進、解熱効果があるようです。
(6)スズナ(菘)は、カブのことです。スズナは胃もたれや胸焼けの解消に効果的です。
(7)スズシロ(蘿蔔)は、大根のこと。葉にはカロテン、ビタミンC、カルシウム、食物繊維が豊富に含まれており、健康維持の強い味方です。
昔から食べられてきた「春の七草」には、体に優しい健康作用がたくさんあるのですね。七草粥を作るの時のポイントは、七草を塩茹でして、細かく刻み、出来上がったお粥へさっと合えることです。そうすると青々とした七草の色合いを残したまま、お粥を楽しめますよ。ぜひ1月7日には七草粥を食べて、今年一年の健康を祈願したいですね。