長野市の中心部から、犀川沿いの国道19号線を南へ車でおよそ1時間。沿道の木々の色づきに目を奪われながら、着いたところは田園のただ中にあって、生坂村農業公社が経営する食堂兼直売所の「かあさん家(かあさんち)」の三角屋根が特徴の建物の前でした。
東筑摩郡生坂村といえば、村内の高台を中心に約35ヘクタールで栽培される巨峰が、「山清路巨峰」のブランドとしてJA松本ハイランドを通じ、全国各地に出荷され評価を得ているぶどうの産地。その広大な畑も秋が深まると、黄色・橙色に色づいて、来訪者の目を楽しませてくれるすばらしい田園風景が一面に広がっています。
郷土料理を残す
生坂村農業公社の滝澤寿教(たきざわとしのり)事務局長によると、もともとは昭和63年に、各家庭から農産物を持ち寄って、加工施設での加工品作りをはじめようと、40名のメンバーが集まって特産品開発組合を設立したことがきっかけだったとか。その後平成7年に村やJA等が本格的に出資して、地域の復興を目的のひとつに(財)生坂村農業公社内が設立され、その特産品開発部門として「かあさん家」も活動を開始したのです。
地元で採れる新鮮で安全な食材を使っておいしいものを作り、それらを地元で消費する『地産地消』を活動の原点に据えて、20代から70代の28人のほんものの元気なおかあさんたちが、週6日間(月曜定休)交替で毎日笑顔で明るく応対している「かあさん家」です。
土地のものを土地で食べる
農業公社の圃場で生産した大豆3トンを使用した「かあさんとうふ」「おからシリーズ(コロッケ・ドーナツ・クッキー)」、手作り味噌をはじめ、村やおかあさんたちの畑でとれた作物から主に作るおまんじゅう、灰焼おやき、漬物、ジュースなどの特産加工品や、旬の農産物を直売所で販売するほか、隣接のレストランかあさん家(ち)では生坂村に伝わる「とうじうどん」「おにかけ」「煮込みうどん」といった郷土食を提供してくれます。
今や自慢の特産品を作り出し、明るく提供し、村のPRに一役買っている彼女たちは、村の活性源そのもの。年間10万個を販売するといわれる「おまんじゅう」や「灰焼きおやき」を作っている様子などを、今回は「かあさん家」店長である藤澤貴美子(ふじさわきみこ)さんをはじめ5人の方に取材させていただきました。そして自慢メニューのひとつ「とうじうどん」も、食べさせていただきました。
心のこもった郷土料理
藤澤店長によると「生坂村は昔は水田が少なく粉食が主食で、村外から嫁いだ当時、朝はおやき、昼はおにかけ、夜はとうじ、というくらい毎日粉食だった」といいます。豊かさについての考え方が大きく変化した今は、文字通りの村のスローフードであるそれらの郷土食が見直されるようになり、おかげで食の伝統文化も、郷土料理にこめられた心も引き継がれて、自分たちをそして村を元気にするために、かあさんたちも日々頑張っているのです。
人気の「おまんじゅう」は「おやき」のような「おまんじゅう」で、もっちりと柔らかい生地のなかに濃いめに味付けされた具を包んだもので、その具は、野沢菜・あんこ・おから・ナスの4種類からなり、毎日300〜600個を作っていて、村外をはじめ多くのお客さんからのリピートが多い主力商品。試しに食べてみましたが、とにかくふかしたてのおまんじゅうのおいしいこと! 確かにおやきではなく、「おまんじゅう」です。ご存じのようにおやきのお店の多い信州で、われわれもおやきにはみな一家言あるのですが、ここ生坂村にも、おまんじゅうとは別に、熱い灰の中で蒸す独特の焼き方の「灰焼おやき」(写真)というものがあり、こちらも味わい深くてなかなかのもの。
「伝統の味をちゃんと守ってもらいたい」(遠藤睦子さん)とベテランが言えば若いみなさんからは「働いていて楽しい」との声が聞こえてきました。とにかく上手に伝統が引き継がれていっているようで、25人ほどがテーブルに座れる明るい店内も雰囲気は上々です。
とうじうどんとはいかなるうどんか
そこで「とうじうどん」をいただくことにしました。
みなさんはこの地方に伝わる「とうじうどん」をご存知でしょうか?
ここ「かあさん家(ち)」でも、これからの時期、野菜やきのこを味噌味で煮込んだ汁をうどんにかけた「おにかけ」や、いわゆる「煮込みうどん」とならんでこの「とうじうどん」は人気商品のひとつになります。
愛情のしっかりこもったコシのある手打ちうどんを「とうじ篭」と呼ばれる小さなかごに入れ、地元でとれた野菜・きのこを入れた鍋に、自家製味噌で味つけをし、ぐつぐつと煮立った鍋の中に「とうじ(投じ)」て食べるうどんです。
味噌味のしみこんだ野菜とともにお椀にとりわけ、煮汁とともに口の中へ。食べ方も面白いですが、麺がもちもちで歯ごたえがよく、味噌味の優しさがしみこんで、味もおいしくて、なんというか「懐かしくて、優しくて、ほっとする味」のうどんで、まさに昔から伝えられ続ける伝統の味を堪能させてくれます。本来は「とうじうどん」は囲炉裏にかけて食べるうどんであるという話を聞くと、いつか囲炉裏を囲んで、ふーふーいいながら家族で食べてみたいと思わせるホットな一品であります。
ほっとしたくなったら行ってみよう
これからいよいよ寒くなる季節。12月になれば夕方からイルミーネーションも点灯される「かあさん家(ち)」。ほっとしたいとき、寒い時にわざわざ足を伸ばして食事をしに出かけてみる価値はあります。みなさんの心もからだも温めてくれるでしょう。
信州の郷土食を守る拠点「かあさん家」へのアクセス:
かあさん家
長野県東筑摩郡生坂村6339−1
電話 0263−69−2712
かあさん家を紹介する生坂村ウェブサイト
〔松本方面から〕長野自動車道豊科I.C.より、国道19号線経由車で25分(生坂トンネル南信号を左折し、約5分)〔長野方面から〕長野市中心部より、国道19号線車で60分(生坂トンネル手前を右に入り約3分)