蕎麦がおいしくなるころ信濃の月を思い出す

moonrising.jpg信州で「名月の聖地」と言えば長野県千曲市の千曲川西岸の姨捨(おばすて)や更級(さらしな)の一帯を指します。漂白の俳人、松尾芭蕉(1644〜1694年)は更科日記の冒頭に

「さらしなの里、おばすての山の月見ん事、しきりにすすむる秋風の心に吹きさわぎて・・・」

と書きとめました。また信濃の柏原宿(現信濃町)の農家に生まれた俳人小林一茶(1763〜1827年)の句にも「そば時や月の信濃の善光寺」というものがあります。おそらく誰もが一度は耳にしたことがある「信濃では月と仏とおらが蕎麦」というあまりに有名な句もありますが、これは後の人が一茶の句をまねて作ったものという説が最近では一般的です。まぁいずれにせよ「信濃の月」は、江戸時代のはじめにはすでに広く全国に知れ渡っていたことは間違いありません。

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写真提供 千曲市観光協会

信濃の月と信濃の蕎麦
旧暦8月15日の中秋の名月がまもなく訪れます。9月25日を前後して時間に余裕があるのなら、この機会にぜひ、読者のみなさんも「信濃の月と蕎麦」を愛でに、信州へお越しになりませんか? 9月24〜30日には、姨捨一帯で「第24回信州さらしなおばすて観月祭」が開かれていますよ。

姨捨は平安時代から知る人ぞ知る月の名所として名高く、

「我が心なぐさめかねつさらしなや姨捨山にてる月を見て」古今和歌集(913年)

におさめられたこの読み人知らずの句が、その後の文人たちの心をとらえ、姨捨は歌枕の地となりました。姨捨の「田毎(たごと)の月」は、国の文化財に最初に指定された棚田で、田植えのために水をはった田に映る月がその名前の由来になっています。

月見には絶好のポイント
平成11年に国の名勝に指定された四十八枚田には、かつて芭蕉も訪れ

「おもかげや姨ひとりなく月の友」

の句が記された芭蕉翁面影塚がある観月の寺・長楽寺の姨石(うばいし)や、姪石(めいし)など人目を引く奇岩などもあり、月見には絶好の場所。

tukimi02.jpg右写真は、長楽寺の姨岩(うばいわ)の上から東の方角を撮影したものですが、棚田の向こうに山々がつらなり、奥の鏡台山(きょうだいさん)から上る月を眺めるには、最高のポイントです。

この姨捨の棚田は、オーナー制度もあり今月の秋分の日前後に稲刈り、10月上旬には脱穀が計画されています。ちょうど取材に訪れた時、地元のボランティアのみなさんが、畦草刈に汗を流していました。月の名所は、今も多くの人たちの手で支えられています。

麻積村の観月堂
また姨捨山(冠着山)の西南、東筑摩郡麻績村には、檜づくりの観月堂を持つ信濃観月苑もあります。観月堂では、お茶会や旬会、月見の宴のほか神前結婚式などにも利用できます。事前に予約をすれば、季節の趣向を凝らした点心や和菓子も楽しめのだとか。来月10月27日には「麻績村・第8回曼陀羅の里 お月見俳句大会」も予定されています。

秋の月を愛でよう
俳句で月と言えば秋の季語。秋の月は空に低くかかるため、鑑賞するにはもってこいなのだそうです。日本で古くから陰暦8月15日中秋の名月に月見団子を供えて、月を愛でる風習があります。

ほかにも陰暦8月13日の夜は十三夜(じゅうさんや)、14日は待宵(まつよい)、16日が十六夜(いざよい)、17日が立待月(たちまちづき)、18日が居待月(いまちづき)、19日が寝待月(ねまちづき)、20日が更待月(ふけまちづき)と、名前がついているのですから、われわれの先祖たちの月見好きは相当なものですね。

関連サイト:

arrow2.gif 第24回信州さらしなおばすて観月祭

arrow2.gif 麻績村ウェブサイト 信濃観月苑の案内

arrow2.gif All aboutのウェブサイト「信州の観月祭情報」


参考図書  「姨捨いしぶみ考」矢羽勝幸著(風景社)/「姨捨山の文学」矢羽勝幸著(信濃毎日新聞)/「月の本」林完次著(光琳社)/「暦の雑学辞典」吉岡安之著(日本実業出版)/「星のこよみ」林完次著(ソニーマガジンズ)/「更埴市の指定文化財」千曲市(旧更埴市)編
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