木肌から優しさが伝わる〜スプーンの物語〜

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人の役に立つものが作りたいと、50歳で会社勤めを辞め、独学で木工を始めた木工作家の佐々木圭治(ささき・けいじ)さん(70歳)。作っているのは「一人ひとりの手になじむスプーン」。その形はどれもユニーク。一人ひとりの好みや用途に沿うよう多彩な形をしているほか、例えば、リウマチや脳疾患の後遺症などで手が不自由な人のためには、手の大きさや握り具合に合わせて1本1本のオーダーメイドで作ることも得意としています。
東筑摩郡筑北村にある佐々木さんの「工房 木音(もくね)」を訪ねました。

写真:【いろいろスプーン】左から、とりだしスプーン(長、ビン底まできれいに取れる)、塩さじ、砂糖さじ、煮豆スプーン(豆だけがすくえる穴あき)、とり出しスプーン(短、ジャムなどが最期まできれいに取れる)、料理の友(大皿料理の取り分けに便利)、ヨーグルトスプーン(朝食にも)、納豆べら(中央の穴がミソ)、これぞカレースプーン(ルウもご飯もきれいにすくえて口当たりも良い専用スプーン)


「何か人の役に立つことをやりたくて」
筑北村は、長野県のほぼ中央にある松本市の北隣に接する人口約4800人の村です。かつての善光寺街道・青柳宿があったところで、豊かな自然に囲まれたのどかな農村です。秋田県生まれの佐々木さんがこの地に引っ越してきたのは20年ほど前のこと。それまでは、大手企業に勤め、神奈川や長野、山形など各地の新規工場の立ち上げに携わっていました。

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「50歳まで突っ走ってきたから、これからは何か人の役に立つことをやりたくて、思いきって会社を辞めました」

同じ頃、妻・清子さんが父の介護をするようになったこともあり、清子さんの故郷へ居を移したのです。

暮らしの知恵と温もりを作品に
あれこれ考えを巡らせ、自宅の事務机で始めたのが木のスプーン作りでした。サクラやケヤキなど、数種類の木材を使っては試行錯誤を繰り返し、ヤマザクラの木に辿りつきました。食事を口に運ぶ時、においが気にならないことと、経年変化が楽しめるのも面白いからです。

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ヤマザクラの木板に描いた形を糸のこぎりで切る

作品は、コーヒースプーンなどの小さなものや、煮豆の豆だけがすくえる穴あきのスプーン、ジャムなどのビン底の隅まですくえるように工夫したスプーン、納豆をかきまぜる納豆べらなど、どれも暮らしの知恵をプラスした温もりのあるものばかりです。

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これまで制作したスプーンなどはすべて型をとってある

どんな要望にも応えたい
そして、アイデアあふれるユニークなスプーンと並行して作っているのが、手の不自由な人が使いやすいスプーンやフォークです。握る力のない人のために柄が指に引っ掛かるように曲がっていたり、スプーンを持った時に手首を曲げずに物が食べられるよう、皿状の部分だけを口の方へ向けたり、持ちやすいように柄を太くさせたりと、使い手に寄り添った作品で、どれも持った時のフィット感や感触が異なります。

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【手の不自由な方におすすめ】
中央から左側は左利き用、右側は右利き用、
中央と上は楊枝のように刺して食べる時に。
持ち手を工夫しているので握る力のない人でも使いやすい

「使う人が1本1本手にして使って、それから長く使ってもらえたらいいんです。その時、もっとこうしてほしい、ここはもっと太くしてほしいなど、考えを言ってもらえたらもっとうれしい。意見を聞いて形にすることが楽しいですからね」と佐々木さん。会社員時代に培った商品開発の経験も生きており、「どんな要望にも『できません』とは言いません」と、1本のスプーンのために情熱を注いでいます。

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型の通りに切ってから、1本ずつ丁寧に彫る。
仕上げには生漆を使っている

7年前には胃がんで胃を摘出、5年前には脳出血を患いました。一時は言葉が出せなかった上に、医師からは「歩行には一生杖が必要」と言われていたのだそうです。
しかし、「仕事が再開できるようにしたい」と治療目標を掲げ、病院でのリハビリに加えて、毎日、自宅裏の工房に足を運んでは、後遺症で力の入らない手を使って木を彫り、サンドペーパーをかけ、強い意志で自己流のリハビリを続けました。その結果、1カ月後の検査では医師も驚くほどの回復を遂げ、杖なしで歩けるようになり、仕事にも復帰できました。

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引き出し式のジュエリーボックス

木肌から伝わる優しさ
リウマチの医師や患者さんに意見を求めたり、お客様から直接話を聞いたりと、闘病の前後で学ぶ姿勢に変わりはありませんでしたが、自分自身が体験した手の不自由さは、それまで以上にスプーンの使用感へのこだわりとなりました。
「手作りなので、一度にいくつも作れるものではありません。でも一人ひとり、その人に合ったものを作ってあげたいと思っています」と佐々木さん。1本1本丁寧に切り出して彫り、削り、やすりをかけたスプーンの丸みと手触りからは、木のぬくもりと作り手の優しさが伝わってきます。

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【面白スプーンのシリーズ】
スプーンをパズルのように組み合わせたセット。
顔のように作ったものもユニーク

佐々木さんの作品は、

・上高地ルミエスタホテル(松本市、旧上高地清水屋ホテル)
・ギャラリー作る屋(上田市別所温泉)
・ギャラリーぬく森(安曇野市穂高)
・ギャラリーカフェてん(大町市)
・八ヶ岳倶楽部(山梨県北杜市)

で展示・販売しています。

購入、オーダーメイドなどのお問い合わせは、「工房 木音」の佐々木さん(TEL:0263-66-2773)へ。

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