シカに全滅させられた菜の花と蕎麦の畑は今

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いつもの5月の中山高原の菜の花畑

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いつもの8月の中山高原の蕎麦畑

風薫る5月は県内各地で菜の花が見頃を迎えていました。青空に菜の花の黄色が映えて、気持ちのいい景色を楽しめたことでしょう。ひと月程前「長野県のおいしい食べ方」に毎週掲載されるコラム「新信州暦」(4月27日付)のなかで、大町市美麻(みあさ)にある中山高原の菜の花畑がシカなどに食べられて全滅したという衝撃的なニュースを紹介しました。ここの菜の花の話題は、特別な菜種油を生産していることから「ここでしか生まれない特別なバージンオイル」として昨年5月26日号でも紹介した通りです。あのきれいな菜の花畑は、これからどうなってしまうのか、これからもおいしい菜種油の生産は続けられるのだろうかと心配になり、現状やこれからの対策を聞きに行きました。

菜の花と蕎麦の畑は今
爺ケ岳、鹿島槍を遠望する大町市の中山高原では、毎年7月下旬に蕎麦と菜の花の種を混ぜて撒き、8月末頃には、まず成長の早い蕎麦の花が見頃を迎えます。蕎麦は秋に収穫され、美麻のお蕎麦屋さんなどに並ぶことになります。

菜の花畑は、ここ数年ゴールデンウィーク頃になると一面の菜の花と残雪の北アルプスの美しいコントラストを楽しめる絶景スポットとして人気が出てきていました。昨年秋の蕎麦の花が美しい季節に、現在放送中のNHK連続テレビ小説「おひさま」のロケが行われたことで、今年は例年以上の人が訪れることが期待されていたのです。しかし、なんとしたことでしょうか、今年は菜の花が鹿に食べられてしまい、全滅してしまいました。

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4月中旬、被害を受けた直後の菜の花畑

そもそも中山高原の菜の花畑は今どうなっているのでしょうか。例年通りなら、冒頭の写真のようにきれいな黄色で埋め尽くされるはずの菜の花畑でした。

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4月下旬の畑、すでに秋蕎麦がまかれていました

しかし今年は事情が違いました。例年なら緑の葉を茂らせ、少しずつ黄色の花を咲かせはじめているはずの4月後半に撮った写真です。同じ場所からの写真ではありませんが、明らかに例年と違っていることがわかるでしょう。


観光業者はショックを隠せない
5月を目前にして菜の花が全滅してしまったことで、「おひさま」効果を期待していた観光業は大きなショックを受けています。ゴールデンウィーク以降、菜の花畑の絶景目当てに高原を訪れた観光客が残念がっている姿も見られました。中山高原で菜の花と蕎麦を生産している菜の花農業生産組合では、「荒地のままでは観光客に申し訳ない」との思いから、夏蕎麦を栽培し、6月末から7月にかけて蕎麦の花を楽しめるように出来ないか模索していました。しかし、秋蕎麦生産のためには、夏蕎麦を収穫する前に畑に鋤き込む必要があります。景観維持だけのために行うには費用や労力がかかりすぎるため、泣く泣く断念したそうです。


美麻なたね油は今年は大丈夫
さらにもうひとつ、菜の花が全滅したことで気になっていたのが、中山高原の菜の花の種を使って生産されている美麻なたね油です。取材に応じてくださったのは、昨年もお話頂いた、菜の花農業生産組合の副組合長をつとめる種山博茂(たねやま ひろしげ)さんでした。

nataneabura.jpg種山さんによれば「今年生産する分の菜種は十分在庫があるため、販売に関しては当面困らない」とのこと。しかし、万が一来年も同じ状況が起こってしまった場合、生産を続けていくのは困難を極めることになるといいます。菜の花だけでなく、蕎麦も食害から守るため、これから対策を講じていきたいと話されました。

とはいえ、種山さんは、菜の花が全滅してしまったことをすこしも悲観的に捉えてはいらっしゃいませんでした。「農業は自然が相手だから思い通りにならないのは当たり前。自然と正面から向き合って、都度対策を立てていくのが農業なんだよ」と話してくださったほどです。夏蕎麦は断念したけれど、これから蒔く秋蕎麦と来年の菜の花は絶対に収穫するぞ、という気合すら感じました。


農業を続けるために大切なこと
近年、鹿や猪などによる食害(鳥獣被害)が全国の農業生産にとって大きな問題となってきています。本誌でも過去に記事にしました。食害対策として思い浮かぶ方法のひとつが、狩猟による動物の駆除です。環境に配慮をした上での絶滅に至らない上での駆除は、各地区の猟友会の方々が罠などで行っています。人間の都合で動物を"駆除する"というのは勝手な気もしますが、元々互いに生き残るために命を頂きあってきた生物界。生活がかかった農業を守るための最低限の狩猟は、いたしかたないことであるかもしれません。

最近では、害をもたらす動物を"駆除する"というよりも、むしろ"命を有難くいただく"という肉食文化的認識が広がってきているという話も聞きます。ヨーロッパ流のジビエ(gibier―仏語で野生鳥獣の肉)料理が広まっている影響もあって、「つねに自然と向き合った農業をしている」との意識が、"命を有難くいただく"という考えと行動に向かったと見ることができます。

菜の花畑、菜種油について取材に行ったのですが、そこで思いがけず「自然と向き合った農業」について考えさせられました。たくさんのいのちがその場を共有しあっている自然のなかで、人と野生鳥獣との共存をめざして農業を長く続けるために、大切な意識のあり方を学んだ気がしました。

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美麻なたね油が現在も生産可能と聞いて、ひと安心ではあります。中山高原でも、生産者は次の栽培に前向きでした。そこでは夏から秋にかけて蕎麦の白い花が、そして来年の春には菜の花が、再び私たちを楽しませてくれることでしょう。


あわせて読みたい:

 ・新信州暦 一面の菜の花畑をどこまでも歩く(2011/4/27)
 ・ここでしか生まれない特別なバージンオイル(2010/5/26)
 ・毎年農家が頭を悩ませている鳥獣被害とは?(2010/12/15)
 ・自然を讃え野生を頂くジビエのおいしい世界(2011/1/26)


参考サイト:

 ・長野県公式ホームページ「信州ジビエ」

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