冬の森のなかで幸福なパン屋さんと出会った

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おいしいものを食べることが、環境の保全や農村の維持に貢献できるなら・・・心のどこかでそう考えている人は、いつかこのパン屋さんとつながることになるかもしれません。このパン屋さんは、パン生地には遊休農地を活用して栽培した国産のライ麦を積極的に使って、焼き上げには森の維持と管理のために切り出した間伐材を利用しています。

「ベッカライ麦星」、「ベッカライ」はドイツ語で「パン屋さん」を意味しますから「麦星(むぎぼし)」という名のパン屋さんですが、このパン屋さんは、長野県北部の長野市飯綱山のふもと、中心部の長野駅から車で30分ほどの所にある、森のなかの小さなパン工房です。

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昨年4月にオープンしたばかり。取材に伺ったのは年の押し迫った12月28日。雪に覆われた周囲の山々は白く染まり、木々にはまぁるい玉をちりばめたような雪の"わたぼうし"の飾りつけ、まるで飯綱の森全体がクリスマスツリーで彩られ、冬の訪れを祝うかのようでした。木を基調とする店内では、瞳の輝やく鈴木寛(すずきひろし)さんと佳子(よしこ)さんご夫婦、そしてお店の外では人懐っこい愛犬のロッコがお客さんを迎えてくれました。

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ショーケースに並ぶ国産・オーガニックにこだわったパン

信州に必要なパンかも
国産のライ麦と薪窯(石窯)を使うことにこだわる「麦星」という名前のパン屋さんが焼き上げたライ麦パン。普通ライ麦パンというと、"固いパン"を想像する方も多いかもしれませんが、ここのライ麦パンはそんなイメージを一変させるような"しっとりとしたパン"でした。一口で驚きがわきあがるほど、やわらかくて食べやすく、ワインとチーズとの相性もよさそうで、今後信州というマウンテンカントリーには欠かせないパンになるかもしれません。

おいしくて体にも優しいライ麦のパン。もともとライ麦は血糖値の上昇を抑えるといわれますし、パンに焼き上げて毎日食べることで植物性乳酸菌が腸の調子を整えてくれます。ライ麦パンはライ麦の酵母(ライ麦から作った天然酵母)を加えなければパン生地にならないため、ライ麦パンは必然的に天然酵母パンとなるのですが、寛さんの腕にかかれば、あのライ麦酵母特有のすっぱさも「まろやかなうまみ」へと変わるようです。

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薪窯から地粉100%使用のチャバッタを取り出す

ほんとうのパンのことを伝えたい
そんな寛さんも「やわらかくてまろやかな酸味のライ麦パン」の存在は、オーストリアのチロル地方へ行くまでは知りませんでした。日本で天然酵母パンの修行を積んでいた寛さんは、縁あってチロル地方のパン職人の下で修行することになり、衝撃を受けます。「自分が日本で勉強したライ麦パンをチロルの人に作ったんですよ。そしたら『寛、僕らはこんなにすっぱいパンは食べないよ』って。ショックでしたね」

それまでも自然の素材を使って安全なものを作りたいと、天然酵母でパンを作ることにこだわっていた寛さんでしたが、添加物を使わずイーストも併用すること、気温や湿度といったパン作りの環境下で、敏感に変化する酵母の管理をきちんと行う必要があることに、チロルの修行で初めて気づかされました。酵母の状態だけでなく、パンの出来の良し悪しを理論的に、そして何ひとつ隠すことなく教えてくれるチロルのパン職人に寛さんは聞きました。「なぜそれほどまでに全てを隠さず教えてくれるのか」と。すると彼らはこう答えました。「ここで学んだことを、寛がまた誰かに教えてあげればいいんだよ」

パン作りだけでなく、生活面でも親身に面倒をみてくれたチロルの人々との出会いは、これまで苦労を重ねた修行で心身共に疲れ果てていた寛さんを癒しました。「僕がこの地でチロルで学んだパンを焼くこと、僕が知っていることをまた誰かに伝えてあげることが、チロルのみんなへの恩返しだと思うんです」

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国産の小麦とライ麦(左)と毎回自分で挽くライ麦粉(右)

森のために、農地のために
一方、薪窯でパンを作るこだわりは、寛さんがかつて自然保護団体にて雑誌の編集を経験するうちに、身の回りの自然環境が壊れてゆく事実に心を痛め、「自分にも何かできないか」を考えはじめたことがきっかけでした。手入れが行き届かず、荒廃していく里山の問題を解決するために間伐材でパンを焼くことが、微力ではあるけれども森の再生のために役立つはずだからです。

薪窯でパンを焼くと、火が生地の中から通るので、まず生地が内側から「ぶわっ」とふくらみ、最後に表面が「パリッ」と焼けるので、外はパリッ、中はもっちりとした食感が生まれます。電気窯だと表面から焼けて、結果として生地のふくらみを抑えてしまうため、薪窯のような食感が出ず、おいしさに違いが出てしまいます。

また、ライ麦は寒冷地でも栽培が可能なため、北信州の遊休農地の対策にも一役買うだろうとふたりは考えました。おいしいライ麦パンを焼くことで、ライ麦パンのおいしさが伝わり、他のパン屋さんでもライ麦パンが出回るようになれば、ライ麦の需要も間伐材の利用も増えて、ゆくゆくは遊休農地の解消や里山問題の解決にもつながるかもしれない――鈴木さん夫婦はそう願います。

「お客さんが払ってくれたお金を、僕らは森や遊休農地のために使い続けようと思うんです。多少無理や苦労があっても、それが僕らの役目だと思うから」

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ぼくたちは幸せだと思う
寛さんは編集の仕事を経た後、アウトドアスポーツ会社でのインストラクターに従事するうちに、北信州との縁が生まれました。また、参加者が新鮮な野菜を食べて感動する姿に「食べることは人に伝わりやすい」と気づかされます。いくつもの縁が重なり、寛さんは必然的にパン職人の道へと導かれたのです。

手作りとは思えない出来栄えの薪窯で、地元の森林組合から購入した間伐材を燃やします。3日経っても余熱が残るという薪窯は、極力電気エネルギーを消費せず、木と火の力だけでパンを焼きたいという思いからも、使われることに意味があります。

「ベッカライ麦星」のパンは、大人の顔も覆うほどの大きなサイズが特徴です。「大きく焼いた方がパン本来の味が楽しめるのですよ」と寛さん。利益よりもおいしいパンを食べてもらいたい、ライ麦パンのおいしさを知ってもらいたい、という思いが提供するパンに形として現れています。いずれは地元を拠点に地域全体を盛り上げようと計画中で、今春、店内にカフェを併設し、ライ麦パンの「おいしい食べ方」を提案したり、ワークショップや森林保護に関するイベントも行いたいと考えています。

「幸せですよ」寛さんが優しい顔で語りました。「パン作りの最中は余裕なんてないけど、こんなにきれいな自然の中でパンが焼けるんだから」

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間伐材を燃やして店を暖めていた薪ストーブと看板犬のロッコ

喜びの星をめじるしにして
麦を刈る時期になると天界で一番輝く星でもあるアルクトゥルス(Arcturus)は日本では「麦星(むぎほし)」とも呼ばれています。そして「アルクトゥルス」はまた、ハワイ先住民の伝統文化復興運動のシンボルとされ、風と星だけで太平洋を渡ってミクロネシア諸島を経由して2007年に日本の本州(横浜)にもやってきた航海用木造カヌーのホクレア号が、常に自分たちの島ハワイの直上を通過するために故郷の島に帰るめじるしとした星でもあり、ハワイ語では「喜びの星」とも名づけられている星です。鈴木さんご夫婦は、この先も道を見失わぬよう、地に足がついた名前にしようと、自らのお店を「麦星」と命名しました。

この先どんな夜がやってきても、煙突から間伐材を燃やす煙の立ちのぼる飯綱の天空には「麦星」が明るく輝き、二人と愛犬ロッコの活躍を優しく照らしていることでしょう。




ベッカライ麦星 へのアクセス:

ベッカライ 麦星

郵便番号   〒380−0888
住所     長野市上ヶ屋2471−930
電話&FAX 026−239−3039
営業日    毎週火・木・土
       2011年最初の営業は8日からスタート
       カフェ改装中のため、この冬は木、土、日、祝での営業を
         予定しています。お手数ですが電話でご確認ください。

営業時間   12:00〜18:00
       (売り切れ次第終了)

※地方発送も承ります。パンの種類など詳細はお店にお問い合わせください。

ホームページ http://www.mugiboshi.com/

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