「北アルプス山麓ブランド」とは、長野県北西部の北アルプスの山麓に位置し、大北(だいほく)エリアと呼ばれる大町市、池田町、松川村、白馬村、小谷村の5つの市町村において原則的に栽培され、飼育され、採取され、または生産されるすべての農畜産物を対象に、地域のイメージ向上につながるなど4つの条件をクリアした品目をブランド認定するもの。当ブログマガジン「長野県のおいしい食べ方」では、このブランドに認定された品々にスポットをあて、紹介していきます。北アルプスの山々が育てた特別なもののシリーズ第一回目は旧美麻村の「美麻なたね油」です。
この地この人たちでなければ
「美しい麻」と書いて「みあさ」と読む、大町市美麻地区(旧美麻村)は、緩やかな棚田、雄大な北アルプス、ゆっくりとした時間の流れる美しい田園風景が、さながらおとぎの国を思わせます。ここで「美麻なたね油」が生まれた背景には、「この地・この人たちでなければつくり出せないモノづくりをしよう」という、地元に暮らす方々の、地域に対する強い思いがありました。
種山博茂さん、お気に入りの菜の花スポットで(中山高原)
蕎麦の種を撒いたらなぜか
「美麻なたね油」の誕生は、旧美麻村の農地の荒廃化に心を痛めた農業者や商業者や市民団体の人たちが集まり、農地を復元させようと荒地を耕したことにはじまります。取材に応じてくださったのは、菜の花農業生産組合の副組合長を務める種山博茂(たねやま ひろしげ)さんです。
話をうかがうと、はじめは蕎麦をつくろうと思っていましたが、なぜか撒いてもいない「なたね」も畑に生えてきたのだとか。不思議に思いお年寄りに聞いたところ、50年ほど前までここに菜種と蕎麦を一緒に撒いて栽培していたことが分かりました。そしてそのときに思いついたのだそうです。
「そうだ、昔のしょう(人たち)がやった菜の花の栽培を、もう一度やってみようか、ということになった。リバイバルの農業をやるんだってね」
このなたね油でいいの?
こうして美麻地区で菜の花の栽培がはじまりました。けれど作っただけではどうしようもありません。種山さんらは油の知識もないまま、県の補助金を借り、搾油機を購入し、いろいろ試しながらなたね油作りを試みました。しかしそうやって搾油した油は色が濃く、独特の風味に、にごりもあって、売り物になるかどうかも不安で、本人たちは半ば諦めていたそうです。
中山高原の麓にある「まぼろしの池」と菜の花畑
そうした試行錯誤を繰り返していた種山さんたちの取り組みに光が差したのは、大町市の「NPO地域づくり工房」から東京菜の花プロジェクト連絡会を通して縁のできた、かの「料理の鉄人」でおなじみで、日本における新フランス料理ヌーベル・キュイジーヌの旗手とされるフランス料理のシェフ石鍋裕さんからもらった高い評価でした。
「イタリアにはオリーブのバージンオイルがある。日本にもこんなに味香りに優れた良い菜種のバージンオイルがある」
この石鍋シェフの言葉が、メンバーたちの背中を押し、本格的な「美麻なたね油」の商品化が進みました。この油の風味を生かしたお料理への使い道は様々で、パンに塗ったり、パスタにかけたり、仕上げに使うなどすれば大人の味が楽しめるのではないか。種山さんは言います。
「どこでもやっているやり方でやってはダメだ。ここでしか出来ないやり方で(商品を)作っていかないと」
菜種(手前)とエゴマ(奥)。なたね油の他にえごま油やひまわり油も作る。
ここでしか出来ないやり方が良い
「自然の風味となたねそのものの栄養価が失われないように」という「美麻なたね油」のこだわりは、脱色・脱臭を一切することなく、粗油から自然ろ過を経て製品というシンプルな方法でつくられます。
搾油機と奥にあるのが焙煎機。搾油機での作業はあせらずゆっくりと。
植物油の精製法は、通常は粗油(原油)を脱ガム→脱酸→脱色→脱ロウ→脱臭→製品という過程を経るのですが、この方法ではレシチン(天然の酸化防止材)やビタミンEなどの栄養素が失われてしまいます。
「美麻なたね油」の原料は、100%が大町産です。美麻地区の農業者や商業者、計7人で組織された「菜の花農業生産組合」が生産に取り組んでいます。無農薬で栽培された菜の花を、6月末に収穫し、注文を受け、搾油し、「ネル」という素材の布を使って、じっくりとゆっくりと自然ろ過をします。急いではいけないのです。良いものが生まれてくるのには時間がかかるのですから。
自然ろ過には時間がかかります
とてもスペシャルなバージンオイル
10リットルの菜種油を焙煎・ろ過するの3日間かかるため、大量生産はしていません。注文数に応じて必要な分量しか作らず、したがって対面販売、顔の見える商売をすること、インターネットでの販売をしないのもこだわりのひとつです。購入希望者はあらかじめ連絡をして商品の有無の確認をとってください。北アルプス山麓ブランドの無添加焙煎圧搾一番しぼり、エクストラバージンの美麻なたね油を購買できるお店は、エリア内にNPO地域づくり工房(大町市仁科町)や麻の館(大町市美麻)など数店舗あります。
話を聞いていくにつれて菜の花の栽培から製品開発までの歴史を語る種山さんの表情は、当初よりも生き生きと輝きはじめました。奥さまの千恵子さんも、同じように口をそろえます。
「もうオリジナルのものでなきゃ売れないんだから。ここは山の中だから山のものを使うの。田舎に来たんだから"田舎のもてなし"をしなきゃね。私は嘘をつくのは嫌なのよ。正直に、身の丈にあったことをしなきゃ」「ただ、農地を守りたいというだけじゃダメよ。現金化してやらないと守れないからもう、私もここの人たちも必死よ。でもね、金儲けが先行すると大変なことになる。嘘をつかなきゃいけなくなるからね。こだわりを大事にしなきゃ」
きつね色に焼いたトーストにバージンオイルをかけバナナをのせたもの。これだけでおいしい!
土地のひとたちにもぜひ使ってほしい
話をするそのまっすぐな瞳に惹き付けられるようでした。おふたりのきびきびとした口調からは、美麻地区への強い愛情がひしひしと伝わります。
「課題はこの地域の人たちがきちんと使って、それを広げてくれるようになること。それが案外難しいんだよな」
それが博茂さんの目標です。
「地あぶらで地域づくりと健康づくり」を。特別な、ほんとうに特別な「美麻なたね油」の挑戦はこれからも続きます。
美麻なたね油の入手先:
種山商店
〒399−9101 長野県大町市美麻新行14890−1
電話 0261−23−1334
定休日 火曜日
あわせて読みたい:
・北アルプスの山麓に新たなるブランドが誕生(2010.02.24)