白馬村にしかない特別なヤギのチーズ 後編

1-1.jpg
オーストラリア・メルボルン出身のロバート・アレキサンダーさんとたっぷり愛情を注がれて育つヤギたち

At_the_Foothills_of_Northern%20Alps.png「北アルプス山麓ブランド」とは、長野県北西部の北アルプスの山麓に位置する大町市、池田町、松川村、白馬村、小谷村の5つの市町村において原則的に栽培され、飼育され、採取され、または生産されるすべての農畜産物を対象に、地域のイメージ向上につながるなど4つの条件をクリアした品目をブランド認定したもの。白馬村で手作りされる極上の「ヤギのチーズ」の後編です。今週は幸福なヤギたちの飼い主であるロバート・アレキサンダー(Robert Alexander)さんその人にスポットをあてます。

6月も終わりを迎えた頃で、まだ梅雨の明けない長野県北安曇郡白馬村は雨が降ったり止んだりのあいにくの天気でした。それでも、雨に濡れてかえって青々とした木々の香りと、すでに姿を現した入道雲の隙間から送られてくる爽やかな風が、白馬全体の森を包んでいます。ヤギを森に放牧しながら、ヤギの秘密、チーズの秘密についてのお話を伺っていると、再び雨。「ちょっと避難しましょうか」とロバートさん。ヤギが大好物な桑の木の下でしばし雨宿りです。

2-1.jpg桑の実を手で摘み、口へ運ぶと、甘酸っぱい味が口に広がりました。桑の実はラズベリーを濃くしたような藍色です。この時期、ロバートさんが桑の実を食べ、ヤギたちが葉っぱを食べるのが放牧中のお決まりごとのようです。

一番仲が良いという、ユキちゃんが桑をおいしそうに食べていました。「ユキちゃん、うまいやろ〜!」ロバートさんの口からは時々流暢な関西弁が飛び出します。ロバートさんは大阪でしばらく生活されており、日本人の奥さんも関西弁を話すため、「嫁といるときはコッテコテ」だとか。ロバートさんになぜ白馬村にやってきたのか伺いました。


子どものときから日本に行きたかった
生まれはオーストラリアのメルボルン。日本に興味を持ったきっかけは幼年時代に見た、堺正章出演のTV番組『西遊記』(日本テレビ系1978年)でした。「かっこい〜!」と4才の幼心に思い、その時から日本に強く憧れるようになったそうです。

しかし『西遊記』の実際の舞台は中国。制作が日本だったために、すっかり勘違いしてしまったのでした。後にその過ちに気づいても「日本に行きたい!」という思いは消えず、日本の大学進学を目指して日本語の授業が受けられる高校へ入学。しかし、よりによって日本語の授業の成績が最も悪く、先生から「受験科目にするのはやめろ!」といわれてしまう始末でした。

結局日本語だけが合格点に及ばず、日本の大学には進学できませんでした。どうしようか? と悩んだロバートさんは、ご両親に飛行機の往復チケット代だけ貸りて、日本に行って日本語を一年間学べば、なにかしらの仕事にありつくだろうと考えました。もちろん、日本では英会話教室の仕事はありましたが、それでは英語を使い続けてしまうと、あえて外国人コミュニティーを避けたといいます。

3-1.jpg

モノを壊さずにモノを作る仕事
そうこうしているうちに就いたのがラジオの仕事と、スノーボードのカメラマンの仕事でした。それが今やなぜ、ヤギ飼いという仕事へ行き着いたのでしょうか? そもそもなぜこの白馬の地でヤギを飼って、チーズを作ろうと思ったのでしょうか?

転機はカメラマン時代、雪やスノーボードの大会を追いかけては海外や日本中を旅していた頃のことでした。環境保護への意識が高かったロバートさんは、あるとき飛行機を多用する自分の生活スタイル、資源の使い方そのものについて疑問を持ち、「一人分とはちょっと言いがたい」ほどの消費をしていることに気づくことになります。

「生活スタイルを変えて、気持ちよく生活するにあたっては、自分が消費している分以上に、"作る"っていうことをしたいなと考えるようになったんです。世の中にはモノを壊さずにモノを作るというのがほとんどないんですね。何かを利用してそれの形を変えてっていうモノづくりはあるんですけど、モノを壊さずにモノを作るっていうのは"音楽と農業"だと思うんです。音楽では食っていけないんでね。それで農業をやろうと」

でもなぜそれが白馬でチーズ作りに?

「うちの妻といろいろと話してて、とにかく僕、山の近くに居ないと体の調子が悪くなるくらい山が好きなんで、山の近くにしたいなって思ってて。それで、『長く住むとしたらこういうところがいい』って、条件をリストアップしていったんですよ。近くに山があるけど、住まいは平地である、水が豊富、若者文化がそれなりに元気、赤字路線でない電車が通ってる・・・っていっぱいリストアップしていって――それで"白馬"がいいなっていうことになったんです」

夏のスキー場で出来ること
「一年住んでみて、どんな農業しようかって考えていたんですけれども、カメラマン時代から夏のスキー場っていうのがずっと気になっていて。日本って500箇所以上スキー場があるんですけれども、夏って基本的に(スキー場が)まったく利用されていないっていうのが現状なんですね。で、なんかできないかなって考えてて、ヨーロッパに行っているときにそれこそ急斜面の上に飼われているヤギを見て、『これは行ける!』って。で、白馬に来て自分が考えていることを色んな人に話してみたら、『ああ、もうそれ岩岳でやっている人がいるよ〜』って。そのとき愕然としたんですけどね。自分が『天才ちゃうかな〜』って思ってたのに(笑)」

こうして知人の紹介でロバートさんの師匠に当たる人に会い、10分くらい話を聞いたところで「ああ、すごい大変なんだ」と現実を知ると同時に「人手も欲している」と感じたそうです。そしてすぐさま弟子入りを申し込みました。ロバートさんは他の仕事をしながらも2年間程、ヤギ飼いとチーズ作りを手伝いました。しかし突然、色々な事情で師匠が姿を消し、「気づいたらヤギ飼いになってた」と笑うロバートさん。2年前の秋のことでした。

5-1.jpg

なぜ、異国の地でそれほどエネルギッシュに生活できるのですか?

好きなことをしていると苦労が気にならない
「わからん。やりたいって気持ちかな。一番やりたいことをやり続けたいと思っているんですよ。やりたいことならやってて楽しいし、やれること自体が"喜び"なんですよね。苦労しているとしてもその苦労が気にならないんですよ」

「ホームシックになったことはない。時間の無駄だと思う。もちろん家族にも会いたいし、友達にも会いたいよ。いわゆる"おふくろの味"も食べたい。でもはるっばるその場所に行って『ポテチ食いたいねん!』って思っている時間ほど無駄なものはないと思うんですよね。はるばる日本まで来たんだから、それだったら一生懸命何かをやってればいいはずなんです。そのうち家族も友達も会えるんだから」

「カメラマンをやっている間も、仕事イコール旅なんですよね。だから出会いと別れっていうのもものすごいんです。最初は別れっていうのを拒んでたんですけど、やっているうちに会うべき人っていうのはまた会うんですよ」

放牧の間が瞑想の時間
ロバートさんは毎日の放牧の間にあれこれと未来について、思いめぐらせるのだそうです。学校の勉強はダメだったけど、自ら新しいことを学ぶのはとても好きだ、とご自身のについてたくさんのお話を聞かせてくださいました。

4-1.jpg

いつもなら放牧は3時間ほどですが、取材が入り、普段と様子が違ったためでしょうか、この日は1時間も早くヤギたちは小屋に戻ってしまいました。ヤギたちにはもちろん名前がついています。

「ポクロ、ブーツ、38、メ〜、エース、顔無し、う〜ちゃん、ホワイト、55、ユキちゃん・・・・」一匹一匹ロバートさんには見分けることができます。「うちの飼い方、名付けて『チュッチュしてナンボ』」

そういってヤギたちに次から次へとキスをするロバートさん。愛情が伝わってきます。ヤギたちの表情も微笑んでみえました。

6-1.jpg

ヤギたちも人を好きになる
ヤギを小屋に入れるとすぐ、ロバートさんに呼ばれました。小屋に入ると副ボスの"ポクロ"が近づいてきました。しばらく様子を伺われていましたが、まもなく"スリスリ"と、いや、"ゴリゴリ"と、すごい勢いで"ポクロ"が体に顔をこすり付けてくるではありませんか。驚いていると、ロバートさんがそれは愛情表現のようなものだと教えてくれました。40度あるという体温でヤギの体はとても暖かく、ほんのりやさしいミルクの匂いがしました。

放牧後、小屋では再び食事を与えます。干草とおりこうに帰って来たごほうびに少しの濃厚エサ。クズ米を主体にした、おからやチーズ作りの際に出たホエーが入ったエサです。また、小屋の脇にはミネラル剤として塩、海草の粉末、石灰、硫黄、銅、などが常備されており、ヤギが自分に必要な栄養分を自由に補える環境が整えられています。飼いはじめた頃は放牧中にヤギはミネラルが欲しいあまりに木の皮を食べていたので苦労したそうですが、これらを小屋に置くようになって、そのようなこともなくなったといいます。

7-1.jpg

ヤギを飼うということ
ヤギ飼いのロバートさんの一日を紹介しましょう。

 朝    5:30  起床
      6:00〜 仕事開始
      搾乳機をくみ、前の日のチーズをひっくり返し、
      それから搾乳の準備
      8:00〜 搾乳開始 9:30まで
     10:00〜洗い物 その後しばし休憩
     11:00〜チーズ作り

 昼   12:00〜放牧
     今の時期は3時間ほど森にヤギを連れていきます
     お手伝いが居ない日は15:00〜18:00まで放牧

 晩   18:00〜チーズの商品詰め
 夜   22:00までに仕事が終われば理想的、
     たいてい時間はずれ込む

お分かりの通り、ヤギもチーズも生き物ですから、この生活がずっと続いていって、一日もサボれないのです。

「やりたいからやっている。好きじゃなかったら、こんなの出来ないと思うんです」

唯一の救いは、「たまにおいしいといってもらえること」と、ロバートさんは話します。「悲しいことに日本人は何でもおいしいといってくれるんですよ。ありがたいですけどね。傷つけたくないっていうか。だからマズイとか、ここのところもう少しこうしたほうがいいよっていってくれる人、ほとんどいないんです」

「でも使い続けてくれている時点でOKだと。モノづくりやっている人とたちはみんな大変だと思うんですよ。だから同じようにモノづくりしている友達には正直に言うようにしているんです。決して嫌味じゃないけど『もうちょっとやね』とか。それが愛情だと思うんです」

これからは観光的要素をしっかりおさえている農業をやってみたいと話すロバートさんは、今年からチーズ作り体験やヤギへのえさやり体験も始めました。しかしながら先週もお伝えしました通り、ロバートさんは岩岳スキー場の事情により、来年の3月いっぱいでこの場所を離れなければなりません。かわいいヤギと、おいしいチーズ作りを守っていけるよう、ロバートさんの新天地探しは今日も続いています。情報のある方は「風の谷ファーム 白馬」までぜひご一報を。

goatcheese_2.jpg
「風の谷ファーム」ヤギのチーズ4種。写真左上から時計回りに、
「フロマージュブラン」、「オイル漬けのチーズ」、「フレッシュ シェーブル二種」


風の谷ファーム白馬
風の谷ファーム 白馬ウェブサイト
TEL&FAX:0261-72-4775


関連サイト:

白馬岩岳スキー場


北アルプス山麓ブランド「ヤギのチーズ」の販売について:

※チーズは発送準備などの人手が足りないため、インターネット販売はしていませんが、道の駅白馬にお問い合わせいただければ、発送も可能ですので、ご希望の方はお問い合わせください。主要販売箇所は以下の通りです。

〇道の駅白馬 (※地方発送が可能ですので、お問い合わせください)
 ウェブサイト
 〒399-9301
 長野県 北安曇郡白馬村大字神城21462-1
 TEL:0261-75-3880
 FAX:0261-75-3810

〇ジャスコ新白馬店内 「白馬自然館」
 ウェブサイト
 〒399-9301
 北安曇郡白馬村北城1007
 TEL:0261-72-4222

〇白馬のおみやげ屋『ギフトギャラリー』
 ウェブサイト
 〒399-9301
 長野県北安曇郡白馬村北城5088
 TEL:0261-72-4322
 FAX:同上

〇雑貨屋 とんがらし
 ウェブサイト
 〒399-9211
 長野県北安曇郡白馬村森上12867-216
 TEL:0261-72-8787
 FAX:同上

〇信濃屋
 ウェブサイト
 〒380-0917 長野県長野市大字稲葉2482
 TEL:026-227-1261
 FAX:026-264-5667


あわせて読みたい:

ここでしか生まれない特別なバージンオイル 北アルプス山麓ブランド「美麻なたね油」
白馬村にしかない特別なヤギのチーズ 前編 北アルプス山麓ブランド「ヤギのチーズ」

1279033200000

関連記事

白馬村にしかない特別なヤギのチーズ 前編
お土産・特産品

白馬村にしかない特別なヤギのチーズ 前編

ここでしか生まれない特別なバージンオイル
県産食材を支える人

ここでしか生まれない特別なバージンオイル

北アルプスの山麓に新たなるブランドが誕生

北アルプスの山麓に新たなるブランドが誕生

「はくばの豚まん」を絶対に食べるべき理由
お土産・特産品

「はくばの豚まん」を絶対に食べるべき理由

新着記事