県の最南端、下伊那郡天龍村神原坂部地区。この地では11月の終わりから、今ごろの2月の中旬にかけて、伝統保存食の「柚餅子(ゆべし)」作りが行われています。
南北が直線距離にして200キロを超える長野県。当「長野県のおいしい食べ方」編集部のある県北部の長野市から天龍村までは車で約3時間半。走行距離は200キロを越えます。あと2キロ走れば、そこは静岡県と愛知県の県境となります。
「信州に春を告げる村」といわれるように、竜峡小梅の花がちらほらと咲く天竜川西岸沿いの道から、少し山手に入ったところに、今では「ゆべしの里」といわれる坂部地区があります。
これが円熟した完成品の柚餅子(ゆべし)
柚餅子づくりをしているのは、天龍村柚餅子生産者組合の組合長である関京子(せききょうこ)さん(73)とご主人の福盛(よしもり)さん(77)ご夫妻、さらに80・90歳代のお母さん2人の計4人。
工場内に入った瞬間、ふわっと柚子の香りが、心地よく広がる中で、取材日には、関さんの親戚も応援に駆けつけて、忙しく作業がおこなわれていました。
植物から作られるチーズ
そもそもこの「柚餅子」とは、いかなるものでしょうか?
柚餅子のスライスしたもの
それは、500年ほど前の戦国時代には、武士の携帯食であり、さらには山での仕事の時に食べるおかずでもありました。そんな訳で昔は辛口のものしかなかったようですが、今ではお茶請けにぴったりな甘口の2種類が作られています。
そのまま薄くスライスして食べるのはもちろんですが、きゅうり、チーズとともにサンドにして食べると高級なおつまみにもなります。濃厚な味わいは外国人からもジャパニーズ・チーズといわれるだけの珍味です。
その上品な香りからはじまる物語
京子さんはもともと隣の阿南町新野の生まれで、大人になるまで柚餅子をご存じなかったようですが、昭和47年に村の展示会で初めて出会い、その上品な香りに感動したところから物語ははじまりました。
過疎化が進んでいく地域をなんとか元気にし、伝統食文化を後世に伝えていこうと、当時、あまり作られなくなってきていた柚餅子を、一念発起して、地区のお母さんやおばあさんたちと協力して作っていくことにしたのです。
最初は、「作るも売るも素人同然で、東京に行っても恥ずかしくて声が出なかった」というように、柚餅子の製造販売活動が軌道に乗るまでは大変な苦労がありましたが、ある年の正月の「坂部の冬祭り」をきっかけに、東京の料亭から注文が入るようになり、みんなで作っていけるという期待と希望を持ち、昭和50年に天龍村柚餅子生産者組合を立ちあげました。
設立当時から天龍村坂部をアピールしていくため、土産用のラッピングは、坂部のおばあちゃんお手製の水引を使用したものになっています。
丸三ヶ月かける手作りの味
柚餅子に使う柚子(ゆず)は、村内の天竜川沿いの標高600m以下の畑で穫れる柚子の実を11月頃に収穫します。福盛さんは「甘くなるので猿が食べてしまいもうないかも」と話していましたが収穫せずに実を残していた樹上には、熟して甘そうな柚子がオレンジ色に輝いていました。
作業は、11月下旬から翌年2月中旬までの間に行います。乾燥するのに時間がかかるので販売するまでにはおよそ3カ月、その年作った柚餅子は早い物で2月下旬からようやく販売することができます。今年度は約4000個の出荷を目標に手作りしています。
「昔は、囲炉裏の上で乾燥を行い、柚餅子が固くなりすぎないように瓶(かめ)に入れ土に埋めて保存したようです」と先人の知恵に感心しながら、作業がすすみます。その手順は、
1.柚子の中身をくり抜き、味噌あん(味噌、小麦粉、砂糖、
ゴマ)、クルミを詰める。
2.全部詰め終わってから約2時間蒸す。(この間に昼食休憩)
3.蒸している途中、中身がこぼれるので手入れをして、皮と中身が
一体化し、べっこう色になるまでさらに1時間ほど蒸す。
4.およそ3カ月の間、乾燥(加温せず風による)させる。乾燥させ
るにあたり子供に手をかけてやるように何回も手揉みをする。
この手順をひとつひとつ誤たずに踏むことで、均一な固さの柚餅子ができあがるのです。
伝統的な保存食の向こう側で
天龍村では採集した柚子は、ジャム、みそ、飴やジュースに加え、柚餅子にならない皮の部分をお菓子にした「ゆぼ志」、さらに種の部分を化粧水にするなど捨てるところはほとんどありません。その通り組合には、たくさんの柚子製品が並んでいました。
柚餅子に人生を預けて
京子さんは大変な決意のもと、自宅で一番大切だった畑を工場にし、柚餅子に人生を賭けてきたといっても過言でありません。
「やってきて本当によかった。柚餅子を通じてお金にはかえられない貴重な出会いがあり幸せです。なにより、お父さんの支えが・・・」
と、これまでの柚餅子づくり人生を語ってくれるとともに、
「保存食である柚餅子の柚子の香りをいつまでも楽しんで味わってほしい」
と柚餅子を最後にもう一度アピールしてくれました。
下伊那郡天龍村神原坂部地区遠望
今年度製造分の販売はもうじき
今年も2月下旬から今年度製造分の販売がはじまります。お中元やお歳暮にも喜ばれています。柚餅子を通じ、武士の隠れ里ともいわれる天龍村神原坂部を、是非感じてみてはいかがでしょうか。
天龍村では3月上旬には竜峡小梅の花も見ごろを迎えます。
柚餅子(ゆべし)のお問い合わせ・販売は:
天龍村柚餅子生産者組合
長野県下伊那郡天龍村神原2102
電話とFAX:0260−32−3470
・天龍村公式サイト内ゆべしの里紹介ページ