よい草刈り鎌があれば少しだけ幸福になれる

不定期連載 いつまでも若いあの人に聞いた

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イントロダクション
大自然に抱かれながら、およそ210万人が暮らす信濃の国――長野県。季節が変わるごとにみせる色鮮やかな風土や独自の食習慣の一端をこれまでも、当ブログマガジンでは紹介してきました。伝統や食を大切にする心は今でも脈々と受け継がれています。当然食習慣と健康には、大きなつながりがあります。そこで、気持ちが明るく前向きで健康であり、地域で存在感にあふれ影響力のある方々に、健康や食や暮らし方についてうかがっています。不定期連載「いつまでも若い人シリーズ」の今回は第5回目。

 

使いやすい草刈り鎌

農具を代表するものといえば、やはり草を刈るための「鎌(かま)」です。電動の草刈機が普及した今でも、適度な硬さを持ち、長持ちし、使いやすく、体になじむ鎌がなければ、日々の作業がはかどらない人はたくさんいます。1日の仕事の終わりに、翌日の農作業の計画の初めとして愛用の鎌を研ぐのを日課にしている人もまだいるかもしれません。shinshu_kama最近では、アウトドアライフの必需品としても手になじむ草刈鎌は重宝されるようになりました。北信州の信濃町には、日本を代表する鎌づくりの現代の名工がいます。試しにインターネットで「信州鎌」を検索してみれば、まず間違いなくこの人の名前が出てきます。山崎一誠さん、73歳。父親の代から続く鎌職人で、一誠さんは3代目。中学卒業後、すぐこの道を歩みはじめ、それから60年間、この道一筋。昔は働き口が他にあまりなく、鎌もよく売れたこともあり、迷うことなく父親を継いでこの道に進むことを決心したそうです。

近所の中学校で待ち合わせると、迎えに来てくださった山崎さん。晴れてあたたかな日よりを、お互いに喜びながらご自宅へと歩きました。縁側のあるご自宅には、笑顔が素敵な奥さまと、まだ言葉も足元もおぼつかないかわいらしいお孫さんと、そのお母さま、そして一匹の犬が迎えてくださいました。

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鎌職人を続けてこられて、一番嬉しかったことはなにですか?

(しばらく考え込んでから)

「初めて打ち刃物をお客さんに買ってもらえたことだなあ。初めて自分の刃物を買ってもらえたことも、自分でお金を稼げたことも。県知事賞を受けたときも嬉しかったけど、またそれとは違う感動だったよなあ」と微笑みます。

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鎌を作る工程では、どの部分が最も重要なのですか?

いいものを作るのが俺の仕事
「それは一から十まで、すべてだよ。一が駄目なら二が駄目になる。二が駄目なら三も駄目。一が駄目だけんども十がいい、なんてことはない。全部が勝負」

「出来てみて初めて、いいものだと分かるんだな。よく、出来上がったとき、刃物をジーッっとみることがあるんだけどね。すると、刃物は光る瞬間があるんだな。それを見て初めて"ああ、いいものができた"とわかるよね」

お作りになる刃物の全てに、そのような瞬間があるのですか? 失敗してしまうことはないのですか?(思わず失礼な質問をしてしまうと、山崎さんの職人としてのプライドが輝きを増しました)

「全てをそろえるんさ! それが俺の仕事なんだもの。俺にとっては30本の鎌でも、お客さんにとっては一本、一本の鎌なんだから」

なにを支えにして60年間もの間、職人さんを続けてこられたのですか?

(また考え込んでから)

「やっぱり、家族を養わなきゃっていう責任感だわな。頑張らなきゃいけねえ、って思うわな」

長続きするコツはあります?

「肩の力を抜いて、あんまり頑張りすぎんでも、普通でいるっていうことが大事なんだろうなあ」

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まじめにやってきた働く手
その柔軟性、さりげない優しさと謙虚さは、頑固な職人のイメージとはかけ離れて見えました。お話を聞く間、時々、お孫さんの、小さな小さなふっくらとした手が、山崎さんのごつごつした指を握ります。働いた証が刻まれた、真っ黒な手でした。「まじめにやってきた、働く手だ」と照れ笑いする山崎さん。話を聞きながら、なんだか胸が熱くなるのを感じました。作業をしていると、手袋をはめていてもそのうちに手は黒くなってしまうのだそうです。

昔はなにを食べていましたか?

「何って・・・何食べていたかなあ」と、考えこんでしまう山崎さん。奥様がおっしゃいます。「うどんが好きなのよ。"鍛冶屋はごはんが早い"っていうでしょ、昔は今と違って忙しかったから、作業の日なんて朝5時にから夜7時までずっと。休む時間なんてほんのわずかでしたよ」「そんなことないけんども。ちゃんとお昼も休むし、そんなに大変なこっちゃない」

お二人は互いに気を遣いあっていたのでしょうか。奥様も一緒に、形になった鎌−−まだ柄のついていない段階でふたりが「半製品」と呼ぶもの−−を磨くそうです。名工の作業場は、自宅のすぐ脇に構えられていました。作業は一年を通してそこで行います。この小屋は3代目で30年間使っているそうです。この空間で一日中作業をしていると、鎌と一体になった気分になるのだといいます。

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小屋の中にある機械は、真っ黒。驚いて見ていると「もともとは青かった」と山崎さんは笑います。30年間、この機械とともに山崎さんは鎌を作ってきたのです。鋼(はがね)を伝統の業で鍛錬し、曲げ、伸ばし、幅出しをするのはすべてこの電動のハンマーを使うのです。焼き入れの窯には1度に10本ほど入ります。温度は800℃。この日も午前中、作業していたらしく、窯の中は熱を帯びたままでした。夏は暑く、冬は寒いというこの作業場。天井の高い所に、小さな換気扇がある他は、窓が何箇所かにあるだけです。

次の世代に伝えたいことは?

売れなくなったら売れるものを考えろ
「なんて言えばいいんだろうなあ・・。今、鎌っていう時代じゃなくなってきたよね。田畑には(時代が変わっても)草が生えるけども、他のものを使うようになったよね。草刈機を使うようになった分、鎌が減ってきている。おまけに不景気になった。そうすると鎌が売れなくなるよね。売れなくなった、不景気になった、だからだめだ。それじゃあいけねえ。なにか考えろってことになるんだよな。なにを考えるか・・難しいよね・・・」

考えこみながら、ゆっくり話します。

「それで私なりきに、鎌だけじゃなくて、見た目はそりゃ鎌だけれども、もっと園芸に使いやすい、小さい草刈鎌を作ればいいんじゃないかと・・・でもね、その考え方が難しいよね。どうやったら作れるのかと。それでホームセンターや色んなところを見てあるいて、私なりきに考えて、小さい鎌を作った。これが結構ヒットした」

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信州鎌としてすごい成果を出したのに、あくまでも控えめな山崎さん。

「色んな人に助言をいただいたし、自分でも考えた」

小屋の奥からその鎌を探し出してきてくれました。山崎さんが握ったその鎌は、窓から差す光に照らされて輝いています。

使いよさそうですね?

「うん、こういう大きな鎌よりは、ずっと使いやすいんだよなあ」

山崎さんが作る鎌は、全て問屋に卸し、大手ホームセンターなどで「信州鎌」として販売されています。もちろんインターネットから買うこともできます。

作業小屋の脇には小さな畑があり、隅の方にはキャベツが積まれています。雪が積もればこのキャベツが見えなくなってしまうと笑いました。こうやって雪の中に保存して置けばキャベツも甘くなるのです。

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