イントロダクション
大自然に抱かれながら、およそ210万人が暮らす信濃の国――長野県。季節が変わるごとにみせる色鮮やかな風土や独自の食習慣の一端をこれまでも、当ブログマガジンでは紹介してきました。伝統や食を大切にする心は今でも脈々と受け継がれています。平成20年度版「ながの県勢要覧」(長野県企画部情報統計課)によれば、現在65歳以上の人口は、約55万人、県全体人口の約25.5%を占めます。長野県の平均寿命は、男性80.71歳、女性87.13歳。全国平均の男性79.19歳、女性85.99歳と比べても高く、長寿・健康大国です(平成19年段階)。当然食習慣と健康には、大きなつながりがあります。そこで、気持ちが明るく前向きで健康であり、地域で存在感にあふれ影響力のある方々に、健康や食についてうかがう不定期連載「いつまでも若い人シリーズ」がスタートです。わたしたちの人生へアドバイスや健康のヒント、食を通じた幸せを分け与えてくれる発見があることでしょう。
わしの身体はこの山が育てたものでてきてる
シリーズ初回に登場していただくのは、県の北部に位置する長野市七二会(なにあい/写真)に住む臼井基規(うすいもとのり)さん、80歳です。七二会地域は、長野駅から西におよそ10キロほど進んだ山間地。戦後から養蚕(ようさん)業で栄えた地域です。当時は、蚕(かいこ)を家の中で育て、畑では桑畑と雑穀を栽培していました。次第に、養蚕業が減少するとともに、畑では、雑穀と野菜が多く作られるようになりました。
臼井さんも、養蚕と農業を経験し、自らの野菜栽培はもちろん、キャベツやカボチャ、ナス、レタス、トマト、キュウリなどの野菜産地と消費者の距離を近づけ、特に同地域と大阪市との「顔の見える産地」に、昭和のはじめから尽力した地域のリーダーのおひとりです。中でも、平成11年には、臼井さんが代表を務めるJAながの西部産直部会が、第29回日本農業賞に選ばれたこともありました。
子どもの頃何を食べていましたか。
「ここは、陸どこ(おかどこ=内陸のコト)でよ。昔から、粟なんかの雑穀地帯。お米よりも、粟や麦を毎日食べてたな。そういや、学校に通ったころから、家には『おやき』がいつもあったな。しかも、囲炉裏のふちで焼いていた『灰おやき』と呼ばれるもの。粉物は、それこさ、良く食べた。中身は、畑で取れた野菜がほとんどだったな」
今よく食べるものは、昔と変わりましたか。
「今も、おやきや畑やこの山で取れたものが中心さ。4月からは、山菜もよう食べてるよ。今年も独特の風味がいい。コゴミや山ウドなど季節によって、その季節のものをいただいて、わしの身体はできてるな」
「季節のものから、身体ができてる」とはどういうことでしょう。
「この山に育ててもらった野菜で、自分の身体が作られていることを、知ってる。産まれたところの近くの土で出来た野菜や雑穀が、身体の基礎だな。つまり、育った地域で育った本物の野菜が身体にあっている」
食で気をつけていることはありますか。
「肉や魚も食べるが、ほどほど。この年になると、塩分の調整が大切で、売っているもではわからない。農業で、汗をかくが摂り過ぎはイカン。でも、自分で作ればわかる。だから、漬物も塩分の量を決めてから作るようにしてるさ」
七二会地区で多くみられる「笹おやき」
今食べ物で何が好きですか。
「そりゃ、おやきだな。ずっと食べてるが、変わらんな」
長年農業に携わってきた臼井さんから、若い世代のみなさんへ一言。
「人間も野菜も、大事なのは中身。わしは、人の顔を見て話さないと、本当のことは伝わらないし、わかってもらえないと考えている。だから、作った野菜の本物のよさを伝えるために、長野県から大阪府まで幾度となく足を運んだ。何事にも、骨身を惜しまない人間に育ってほしい」
後記 臼井さんがいつまでも若々しい理由は、七二会の土でつくられる野菜と雑穀、それに「おやき」を食べていることでした。野菜作りはできなくても、地域の食材、県内の食材、国内の食材には、古来から身体には負担がすくないのかもしれません。そして、話の中にしばしば登場する「本物」という言葉。現代の情報があふれる中で、本物を見抜く力も健康を保つ秘訣かもしれませんね。