自然を相手の農業では年齢を重ねることがとても重要です。例えば米作りを考えてみてください。農業をはじめてから10年間ですと、たった10回しか経験が積めません。自然を相手に腰を据えて長い経験を必要とする農業の世界では、30代、40代はあたりまえのように「青年」といわれています。今回は松本市波田の太田稔(45才)さんに話を聞きに行きました。太田さんはJA長野県青年部協議会で会長を務めています。
松本市の波田と言えば、すいかの名産地ですが、太田さんは17年前に脱サラをして就農し、今はりんごやお米を主として農業を営んでいます。訪れたときは、ちょうどりんごつがるの収穫がはじまっていました。より良い品質のりんごを安定的に収穫できるよう日々研究を重ねているのですが、農業の未来を考えて仲間との交流も大切にしています。地域の若い青年農業者たちが参加するJA松本ハイランドの青年部としての取り組みや農業への想いをうかがいました。
松本市波田町は、長野県中部の松本盆地西部に位置しており、すいかで知られる地域です。太田さんの農業経営はりんごやお米が中心で、農家としてはおじいさんの代から3代目。かつては酪農中心だったそうですが、お父さんの代で畜産やお米、りんごに変わってきました。今も畜産はお父さんが中心となり、太田さんはりんごとお米を中心にやっていますが、畜産から派生する排せつ物を堆肥に使うなどし、有畜複合農業をすすめてきました。
若い頃はサラリーマンでした
彼は28才になるまでは関東でサラリーマンをしていました。やがて結婚し、子供ができたとき、家を建てることを考え、仕事をやめて自然豊かな自分が生まれ育った波田へ帰ろうと、実家に戻りました。いわゆるUターンです。
現在は二人の子供を育てていますが、農家として農業に携わっているのは父親と、母親と太田さんの3人。りんご栽培ではそこに常時4名の手伝いをお願いしているそうで、それなりに大規模に農業をやられています。りんごはふじやシナノスィートなどを約2.2ヘクタール、お米もコシヒカリやもち米で約3.8ヘクタール。広い面積をいろいろな品目作りに取り組んでいるため、冬場はりんごの剪定、春には田植えの準備をし、夏から秋はりんごの収穫をしながら稲刈りをするなど、忙しい1年を送っています。畜産では繁殖が中心で約50頭を飼育され、年に10頭ほどを出荷しているとのことです。
婚活も教育活動も青年には必要
松本市周辺を地盤とするJA松本ハイランド青年部では、農業問題の勉強会などのほか、これまで『みどりの風プロジェクト』として、食農教育や婚活などいろいろな取り組みをしてきました。毎年7月20日を「JA長野県青年部協議会青年部の日」として設定し、これに合わせて管内の保育園にJA松本ハイランドブランドのすいかをプレゼントしています。松本で育つ子供たちにおいしいすいかを食べてもらいたいとの取り組みです。約10年近く続けていて、現在では30園余りの保育園に毎年すいかを届けています。こどもたちが農業をする父親にふれる機会を作り、食べ物の大切さ、ありがたさを伝えるのです。
「農業従事者の多くは」太田さんは言います。「学校を出てすぐに就農している人が多い。そのため人と出会うことも少ないので、婚活の機会も必要なのです」と。このためJA青年部では「みどりの風プロジェクト」ととして若い男女の出会いの場をプロデュースもします。毎年5月から12月までの年間9回のシリーズで参加希望者をつのって農作業を行い、JA青年部の未婚男性が交代で手助けするという形式です。結婚前に農家の生活をイメージできたり、土に触れることで、単純なお見合いとは違って、参加者が後を絶たない状況です。仲間作りとしてJA青年部の35才までの人が所属する後継部が主催していますが、今までには10組以上がゴールインしているそうです。なんでも、9回の年間の取り組みが終わってから、付き合い始める方が多いのだとか。一緒に作業をすることが、苦楽をともにする人生と似ているのかもしれません。
農業者にとって学びとは
JA青年部の役員になると、イベントなどで日程がなくなってしまうため、自分の農業に携わる時間が少なくなって大変だそうですが、同じ道を進む仲間が増えること、交流をして知識をわけあい刺激しあって、より良いものを作ろうとするところが、農家ならではの良いところです。たとえば果樹の剪定作業は難しいとしばしばいわれます。剪定のいかんで、実のなり具合が変わってしまうからです。りんごでも、つがるやふじなど品種によっても方法が違うのです。太田さんは就農した頃、近所の農家へ2〜3年ほど通って教えをこうたそうです。そのときの経験から、知識を共有できる仲間が大切だと実感されたのかもしれません。交流は、地域やJA青年部にとどまらず、県下で行っている果樹研究会などに参加することでも広がります。県外も含めた他の地域へ行って他の人が生産しているところを見たり、技術を教わったりと、県を越えるとまた違う生産方法などがあって、勉強になりますし、なにより刺激をしあえるのが良いそうです。
長野県の農業は変わり続ける
「自分で手をかけたものが育ち、直売なども含めて消費者の方によろこんでもらえることが農業のやりがい」だと太田さん。長野県はおいしいものがとれる場所で、松本市波田地区は一日の気温差が激しく、生産には恵まれているところです。アメリカなどの外国の農業現場を見る機会もありましたが、この国の農業の技術は他国と比較にならないとの自信を深めたそうです。安売り合戦ではかなわないけれど、質で勝負するべきだと話します。そういったことを裏付けるかのように地域の生産者の中には、長野県のおこなう「信州の環境にやさしい農産物認証制度」に取り組み、化学肥料、化学農薬を減らす努力をする方もいます。こうした少しずつの取り組みが、長野県の農畜産物を作っているのです。
JA松本ハイランドの、特に波田や山形、朝日といった地域を中心に若い世代の農業者が多く集まるようになっていて、りんごの新わい化(木の高さを短くし、作業しやすくした木の形)などの新しい技術の導入も活発になり、品目なども新しいものをいち早く取り入れる気概のある地域として、有名なすいかであっても品種を変えてきているとのことでした。
今後は、りんごの優良系統を増やして優良品種を安定的に生産することが自分の目標と太田さんは言います。シナノスィートやふじというのはりんごの品種で、この系統というのは、ふじという品種では「ハイランドふじ」や「ミヤマふじ」などがありますが、人間で言えば家系のようなもので、それぞれのなかから早く色が着いたり、味がいい系統のものを、土や気候に合うように選んでいくのです。
希望は山の向こうにはない
果樹園が山沿いの地域に位置するので、何年か前、りんごの花が咲く頃に霜にあたってしまったり、台風でりんごが3分の2も落ちてしまったことがあるそうですが、それでも樹木が傷ついていなければ大丈夫と、次の収穫に向けて前向きにがんばってきたのです。農業者は、太田さんのようにまじめでコツコツと、長い期間続けてできる人がむいています。これからの農業の担い手に、このような元気で若い世代の方がたくさんいることこそ、将来への希望です。
*JA松本ハイランド青年部には、JA管内在住の若い世代の農家の方が加盟しており、現在は「盟友」と呼ばれる500名弱が組合員となっています。「農業をよりどころにした豊かな地域社会を築くこと」が目的で、学習会や懇談会など活発にいろいろな活動が行われています。
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