浦部さんの農事録
[浦部さんの農事録]

新しく農家になったふたりの農事録 第10回

連載※長野県北安曇郡松川村の浦部勇一さん(39歳)と同い年の千代美さんご夫妻に、月々の農事などを伝えていただきます。浦部勇一さんは2005年から長野県が行う里親支援制度に登録し、今年の4月に独立した新規就農者のひとりです。

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村民運動会に、道普請(道路補修)、
公民館掃除に、募金の集金。
10月になっても、行事が目白押し。
(いつまで続くの?)
で、その合間に大好きなきのこ狩り!
ご近所も大切だけど、きのこも大切
(すっかり山の人)
今年も、りこぼう(ハナイグチ)採れますよ!

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んざーい! ばんざーい! ばんざーい!

2007年10月12日(金)午前11時30分頃、神戸(ごうど)の田んぼにおいて、本年度の稲刈り「全て終了!」しました。

い起こせば、と言っても1ヶ月前だけど、今年の稲刈りスタートは9月9日晴天の日でした。あれから・・・心配していたお天気も、晴れが続くは続くはで、お休みも無く、無事にこの日10月12日を迎えました。いゃー、これでホッと一息といきたいところですが、そうは上手くいきませんよ〜・・・

回のお話通り、5月に例の新車田植え機で、一番はじめに植えた田んぼの美山錦(酒米)から刈り取り開始・・・そこで、なにを思ったか親方(里親のお父さん)が主人に、コンバインに「乗ってみ!」と言ったのです。

tosanatwork.jpg稲刈り初日から、いきなり6条の戦車みたいなコンバインに乗れって言われても・・・と思いつつ乗りこんだ主人。主人って、慎重なのか? 小心なのか? わからないけど、慣れるまでは、とってもマイペースに動くんです(高い機械を壊すのも恐いしね)。

わたしが見たときには、主人の乗ったコンバインは、ゆーっくりゆーっくり、亀さんのように刈り取りしてました。大丈夫かなぁ?

コンバインに乗った後は、仕事始めと言うこともあって、親方からのアドバイスや注意は、色々とたぁ〜くさん言われるそうです。まぁ、お世話になって4年目ともなりますと、いつもの事だそうで、言われるうちが花だよね・・・今年もがんばるぞ〜! オー! と言っていました(よかった、前向きで)。

dump.jpg今年の秋はお天気続きで、雨が降りませんでした。

おかげで、毎日稲刈りと籾摺り(挽きや)の日々が続きます・・・休む暇などありません。

刈りはただコンバインで稲を刈る・・・だけが仕事ではありません。

はじめは、コンバインで稲を刈りますが、コンバインにたまった籾を囲いの付いたダンプカーに移します、ここまでが田んぼでの仕事。

農協さんが受けつけている期間は、このダンプで農協さんに乗りつけてカントリーエレベーターのピットにあけて来ます。それ以外のときはこのダンプにいっぱいに入った籾を、里親さんちの乾燥機の地下のピットにつづく入り口にダァーっとあけます。

あけた後は、3台ある乾燥機に間違えないように籾を上げ入れるように操作して、24時間位かけて低温でじっくりと乾燥させます。乾燥機はおりこうさんで、水分15%になるように設定すると、勝手にじっくりと乾燥してくれます。

乾燥ははぜ掛けと言って天日に干すやり方もありますが、雨が降ったりして思うような水分パーセンテージまで下がらないようです。furekons.jpg里親さんのところではたくさんの田んぼを刈って乾燥させなければならないので、はぜ掛けでやっていたらいったいどの位の時間と労力が必要になるのでしょう? 想像がつきません。

籾で農協さんに出荷する分は、乾燥した籾をフレコンと言う大きな袋に詰めます。フレコンは幾つか溜まると農協さんに取りに来てもらいます。フォークリフトでトラックに積みます。

月も後半になると・・・疲れも溜まってきますが、稲刈り作業もだいぶ慣れてきます。その頃、残業と言って、夕食を食べた後に乾燥機から籾を出す作業が度々あります。

それをやらないと、次の日に刈る籾が乾燥機に入れられないので、夜のうちに出します。遅い時は夜の10時過ぎまでやります・・・父さんお疲れ様です。

tanboview.jpg稲を刈っているあるとき、親方が、

「お米の配達があるから、続き刈っといて自分でダンプに積んで農協に持って行ってくれや・・・」

と主人に言ったそうです。

う〜ん初めて乗るコンバインです・・・高価なコンバインです・・・壊したら偉い事になるだろうなぁ〜。それよりも委託の田んぼですよ? オイラ(初心者マーク付き)が刈っていいんですか???

で、刈っちゃいましたよ、しかも施主さんの目の前で・・・だって。

なんだか最近主人もプレッシャーに強くなったようで、落ち着いてやってみたら普通に刈れたって、本当に今年1年成長したって言うか、4年間の経験が身になってきたと言うか、いい時期に独立できたなーと思います。

10月に入ると、周りの田んぼはすっかり刈り取りが終わった状態。わたしは、毎年この頃になると、なんとなく寂しくなります。青々とした稲が、大きな穂を付けて黄金色に変わり、アキアカネが飛ぶ頃には収穫に喜ぶ人々がいて、残ったのは茶色の稲の株だけ・・・風景が変わっていくたびに季節が移り変わりモノトーンの冬がやってくるのです。

なんとなくせつなくなるのですが、我家のこの時期はまだまだ稲刈り戦争真っ只中! ゆっくり季節を感じている場合ではありません。で、結局は親方と我家の田んぼが残るだけになっていました。

面積が大きいだけに、2台のコンバインで刈っても乾燥機が間にあいません。農協さん出荷分は、締め切りまでになんとか間にあわせましたが、まだまだ刈り取りを待つ田んぼが・・・挽きやが・・・待ってる。

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これが最後の一狩り
して、10月10日、我家の田んぼを明日から刈るよ〜と言うので、わたしが田んぼに出動! 「口開け」と言って、コンバインが田んぼに入るときや、方向転換するときに稲を踏んでしまわないように、田んぼの四隅を手で刈り取っておく仕事をするためです。

不慣れなわたしは、主人に一枚一枚の田んぼの図に何処をどの位刈っておけば良いか描いてもらい、そのメモを手に刈りました。10日の日はちょっと刈り方を間違えてしまいましたが、11日はバッチリでした。そしていよいよ12日の午前中完全に稲刈り終了となったのです。


「まだ日中は暑いね」なんて言っていた9月からはじまった稲刈りですが・・・最後の田んぼを刈った10月12日には、少し冷たい風がもう吹いていました。

そして先日、信濃白炭でさんまを焼いて、新米ごはん(コシヒカリ)を食べました(きのこ狩りで採ったきのこの味噌汁も)。

う〜ん! なんて贅沢なのでしょう!

とってもしあわせです。本当に頑張った甲斐がありました(父さんがたーくさんがんばりました)。

現実的なお話をすれば、今年はこのコシヒカリを自分たちでも販売しなければなりません(汗)。作っても売れなければ、主人の努力も水の泡になります。これからわたしは営業担当として「松川村の浦部が作ったコシヒカリ」の販路を探したいと思っています。

さてここで重大発表! 屋号が決定しました。わがやの屋号は『まったりふぁーむ』です! 笑っちゃう名前だけど、今後も宜しくお願いします。

え? どうして、まったりかって?・・・

それはまた来月お話する事にします。

この記事を書いた人

長野県北安曇郡松川村の浦部勇一・千代美さんご夫妻に月々の農事などを伝えていただいています。浦部勇一さんは2005年から長野県が行う里親支援制度に登録後、独立された新規就農者。おふたりは6年ほど前に神奈川県から長野県に移住してこられました。

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