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長野県内ソバの市町村別収穫量ベスト10
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殿様の献上品 高遠そば
上伊那郡高遠町では、江戸の昔から伝わる高遠そばを通じて、地域の活性化をはかろうと、高遠そば組合が主催で「究極の高遠そば研究会」が昨年11月に開かれました。参加者は辛味大根のおろし汁や焼き味噌などを使った6種類のつゆで食べくらべ、地元住民や観光客に喜ばれる食べ方を徹底的に検討しました。
高遠そばは辛味大根のおろしとネギ、焼き味噌を使った「辛つゆ」で食べる独特のものです。名君とうたわれる高遠藩主、保科正之公が国替えにより福島県会津に伝え、現在も高遠そばと呼ばれて親しまれています。今年に入り2月27日には第1回高遠冬のそば祭りが開催され、町内外から多くの人たちが訪れて、打ちたての高遠そばに舌鼓を打ちました。祭りでは製粉機の実演やそば粉、そば道具などをはじめ、手作り味噌やおやき、そば汁粉、地元三義産の美山錦で作った甘酒など地域の味も人気を呼び、また全国麺類文化地域間交流推進協議会(全麺協)による「素人そば打ち段位認定試験」も開かれました。同町の高遠城址公園は全国に桜の名所として知られ、多くの観光客が訪れますが、この4月の観桜期に合わせて「高遠そば村」を開設するそうで今から楽しみです。
5年前に農業振興のためソバの生産を始めた南佐久郡南相木村。そば生産組合を組織して、野菜作の後に種をバラ蒔きで作付け、収穫は同村が購入して組合に貸与している専用のコンバインで刈り取ります。海抜が1000メートルを越える高原の畑で生産するため、昼夜の寒暖差のせいで、実のしまった香りの高いソバができます。
同組合の製粉施設には保冷庫もあり、ソバは実のまま保存されており、石臼で挽かれたものが、隣接する南相木温泉滝見の湯で「相木そば」として食べることができるのです。これが口コミで評判となり、わざわざ東京からそばを食べに来る人もいるとのこと。南相木村の隣りは昔からから優秀なソバの産地として知られる川上村。こちらには「霧下そば」という、標高の高い産地独特の呼び名があります。「霧下そば」は、信濃町や戸隠のソバでも使われる呼び名で、県外の有名なお蕎麦屋さんからも注文を受けている、コシと香りが特徴の川上村のソバです。千曲川(信濃川)の源流の気候が、良質のソバの生産に適し、生産量がまだ少なくて、せっかくの注文の量に応じきれないという嬉しい悲鳴も聞こえてきます。
飯山と言えば富倉のそばが有名ですが、飯山市大田のなべくら高原も、ソバの生産が盛ん。地元産のそばを地域の消費者や訪れる観光客に食べてもらおうと去年の12月に発足したのが「みゆき野そば街道協議会」。スキーと温泉で有名な戸狩地区を中心に民宿・旅館・ホテルの経営者など21人の会員がいます。
会長の木原一夫さんは「10年後、北陸新幹線が開通した時に、この『雪割りそば』を食べにお客さんが来てくれれば」と話し、玄ソバを「なべくら高原雪割りそば」と名前をつけて、そのそば粉で打ったそばを地域のブランド品にすべく活動を展開中。木原さんは、既に6年前からそば栽培組合の生産者と連携して、香りと甘さのあるソバができるまで品質の向上に取り組んできました。JA北信州みゆきの低温倉庫を利用するようになってからは、通年で香りの高いそばを提供できるようになりました。将来はそばのつなぎの小麦粉も地元産に切り替える計画もあるそうです。
遊休農地を活かしソバ作り
「キーワードは夢とロマン。みんなでそれを追いかけている」と話すのは、長野市信更町の「遊休農地を活かす会」会長の中島永邦さん。同会は中山間地域等直接支払制度の活用による遊休農地解消に取り組み、長野市の奨励作物として奨励金が交付されることもあって、ソバの栽培を進めています。
荒廃した農地の復旧には、大変な労力が必用だったそうです。「スタッフに恵まれていたから出来た。バックフォーを持っている人、オペレーションのできる人、みんなが自分の仕事を休みながらやってくれた」と小林章一同会副会長。地元のJAグリーン長野から中古農機やリンゴ出荷施設の跡地を乾燥施設として借りられたことや、市の補助も強力なバックアップとなりました。今年の栽培は5.3ヘクタールで、全て無農薬で3.3ヘクタールを収穫しました。販売も地産地消をモットーに、地元そば店などに使って欲しいと願い、JAとも相談中。現在はソバのブランド化に向けたネーミングを考案中だとか。
諏訪地方のそば情報
富士見町、茅野市といった諏訪地方でも最近はそばの生産が増えています。茅野市そば生産者協議会は茅野市内の5つのソバ生産組織が加盟し、地産地消を訴えて情報誌の発行などでPR活動を行っています。協議会設立の中心が同市の穴山地区営農組合。農地の荒廃をなんとかしたいという願いから、農地の荒廃に歯止めをかけるべく98年に営農組合を設立し、農地の管理にあたりました。定年退職した60代の人を中心に組織し、養蜂家からミツバチを借りて放って受粉を媒介させて収量を安定させたり、霜にあてることでそばの甘みが増すことを発見したりといった努力を重ねてきました。穴山地区の活動を契機として、他地区でもそば生産組織がつくられ、同協議会の設立となりました。協議会では、地区の公民館や小学校などでそば打ちなどを指導。そばを広めるには、地元の人から茅野のそばはおいしいという声があがらないといけないと考え、精力的に活動中です。
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